<走馬灯の逆廻しエッセイ> 第2話 「HnRNAからスプライシングの発見へ」

古市 泰宏

1974年夏

1974年の夏、遺伝学研究所の研究員だった老生は、2年間の留学予定で、米国ニュージャージー州にあるロシュ分子生物学研究所(以下RIMBと略す)へ出かけた。思い返すと、この年から、mRNAスプライシングの発見がある1977年までの3年間は、前の稿でのべたキャップの発見以外にも、RNA関連の大きな発見があいついで、熱く、忙しい期間だった。

留学先のRIMBは、スイスのバーゼルに本拠を置く製薬会社ロシュが、バリアムという精神安定剤が大当たりして景気が良く、アカデミアと連携するための基礎研究所として、「バーゼル免疫学研究所」をつくり、すでに複数のノーベル賞受賞者を輩出していた。「バーゼル免疫学研究所」には利根川進さんがいられ、時々ニュースが伝わってきた。そこでは、二本鎖DNA発見者のワトソン(J.D.Watson)がアドバイザーで、研究所の研究評価を終えて帰る時「利根川の仕事だけが面白かった」と言っていたとかーー、強烈な裏話も聞こえてくる姉妹研究所だった。米国ロシュ(支社)もそのような研究所が欲しいということで、分子生物学分野でのRIMBがつくられ、それが創立4年目になっていて、「さあ、これからーー」、という創設期の研究所だった。

この二つの研究所は、創薬における基礎研究の重要性を指摘するという点では、すでに目的を達成して、ーーすでに閉鎖されて久しいがーー、その後、ロシュ社が抗体医薬開発の先駆者となり、現在の抗体医薬が全盛期を迎える下地を作ったり、ゲノム創薬により、エイズウイルスの跋扈を抑える医薬品の創薬に、大きく貢献していることを知り、ロシュ社というか、スイスの経営者・株主の先見性に感心する次第である。バーゼルには、他にも、RNAを発見したFriedrich Mischerの名前をとったFM研究所もあり、こちらはノバルティス社がフルサポートしている。そのうち、ここからも新規RNA医薬が生まれるかもしれない。

James E. Darnell博士

レオウイルスmRNAキャップのPNAS論文を送り出した後の1974年秋のころ、そのRIMBへ、長身のJames E. Darnellロックフェラー大学教授が、ハドソン川を越えて、Shatkinと私を訪ねてやってきた。Darnellは、この時44歳、セントルイスのWashington大を出たMD/PhDで、すでにAlbert Einstein大やColumbia大の教授を経験して、この年ロックフェラー大学の有名教授職へスカウトされたばかりであった。まるで、大リーグの有望プレーヤーのような転職であるが、彼は、すでに、長い核内RNAの発見で名を馳せていたし、その後ビッグジムと呼ばれ、ロックフェラー大学の代表的教授(副学長)として活躍することになる。彼は、HnRNAの発見はもとよりJak/Statシグナリングの発見者としても有名であるが、分子生物学の教科書 10(Baltimore, Lodish, Darnell著)やRNA研究への思いを込めた名著「RNA:Life’s indispensable molecule」11 (2011, CSH press) の著者でもあるのでご存知の方も多いと思われる。最近は、息子さんも同大の教授になり、同じくRNA研究者だから紛らわしいが、ここでの主人公は父親のジムDarnellのほうである。

ジムの訪問は、HeLa細胞の核内にある、“DNAと同様の塩基組成を持つ大きな核内RNA”(のちに、HnRNAと呼ばれる)中に“Blocked and methylated 5′ structure”があるかどうかについて、共同研究をしないかということの提案であった。この時点、古市・三浦のNature論文 6 も、米国で作ったレオウイルスのmRNAに関する古市・Shatkin論文 7 も、まだIn pressであったが、PNASへ論文を推薦してくれた同学のTatum教授からDarnellへ話が伝わったものと思われた。この提案は、最先端の興味あるテーマであり、おまけにShatkinは、ロックフェラー大の出身でTatum教室の出身であるから、否応もなかった。

私も、静かに話しかけるジムに心惹かれ、今後の核内RNAに関する共同研究を喜んで受けることになった。そして、この日から、老生と10歳年上のジムとの親しい付き合いが始まった。HnRNAは、この時までには、3′末端にPolyAがあることが判っていて、大きさには差があるものの、細胞質内のmRNAとの間にPrecursor-Productの関係があるのではないかと考えられていた。似たような現象がリボソームRNAにあり、こちらは、核内の前駆体RNA(45S)からプロセシングにより、細胞質リボソーム中の3種類の28S, 18S, 5SサイズのRNAへ編集されることがわかっており、この場合には、リボソームRNAの塩基組成やRNA中の2′-O-メチル基の数(1,000ヌクレオチド中平均13個)が核内の前駆体RNAと細胞質中のRNAの相似性をあらわす良いマーカーとなっていた。しかしながら、そのようなマーカーがとmRNAとの間にはないために、mRNAのプロセシング解明は遅れていたが、その時のDarnellとのDiscussionではーーリボソームRNAの場合や、RNAがんウイルスゲノムの例から推定してーー例えば、1本のHnRNAから4本程度のmRNAが取れるのではないかと想定された。

HnRNAの謎

ロックフェラー大のDarnell研(NY市)とRIMBのShatkin研(NJ州 Nutley)との共同研究が始まったが、Eメールもファックスも、宅急便もない時代の話である。NJ州からは、摩天楼を正面に見ながらルート3を東へ20 kmほど車で走り、リンカーントンネルをくぐり、NY市へ入る。エンパイア―ステートビルを横目にマンハッタンのイーストリバー側へ出て北上、国連ビルの前を走り抜け、RIMBから1時間ほどをかけて、66番通りのロックフェラー大へ到着する。ここは、昔、野口英世博士が感染症の研究をしていたところであり、当時も花房秀三郎先生がRNAがんウイルスの研究をされていて、日本人の私には馴染み深い。このようなルートで、RNAサンプルやデータの運搬がおこなわれた。実験は、私一人ではできないことが予想されたので、テクニシャンのモーリン(Muareen Morgan)に「I will make you the world famous technician」と言って誘い、最速で結果を出すべく二人で頑張った。当時の私の英会話力は、通常の会話には問題ないが、相手を説得して新しい実験を起こすには力不足で、強い意志とある程度の英語力が必要であった。Shatkinの了解を得たうえで、手書きの実験プロトコルを、毎朝、彼女へ渡して説明し、それに従ってやってもらうことにした。彼女の家族とはその後も仲良くしていて、ニューヨーク近辺へ行く際には必ず寄ることにしている。彼女は、10報ほどのCoauthorになったろうか、貴重な思い出として、ジムの著書RNA 11 を愛読しているとのことである。


図1 Discussion中のAaron J. Shatkin (左)とJames E. Darnell (右)

キャップの命名

さて、この共同研究は非常にうまく行った。HeLa細胞のmRNAはキャップを持つことがまず判った。驚いたことには、m7GpppNmのNに相当するヌクレオチドは、――これまでウイルスmRNAの例から、プリン塩基のAかGから始まるものと思っていたのだがーー、ピリミジン塩基からも始まるmRNAが多数あることがわかった。次に、Darnellが、“まさしく, ――surely, as we anticipated――”と言ったように、HnRNAの5′末端にはキャップが存在していて、出来たばかりの30塩基ほどの短い(Nascentな)HnRNAにもキャップが入っていることも判った。つまり、Polymerase IIによる転写の際、キャップはその初期段階で付加されるのである。これらのデータにはDarnellも大満足で、早速論文を書くことになった。彼はNational Academyのメンバーだったので、PNASへ5報まで、審査なしで発信することが出来た。現在は、もっと制限がかかっているが、これはうらやましいことだった(Shatkinも数年後、推薦されてメンバーになる)。ある午後、関係者がジムの教授室へ集まり、大理石表面の丸テーブルを囲んだ。Darnellが鉛筆でResultsから書き始めた。彼は左利きだ、そして早い。左利きの人が英文を書くのを見るのが最初だったので興味深々だった。書きこむ込んだ原稿は、次々に、秘書のロイスが取って行き部屋の隅でタイプする、早い早い。感心して見ているうちに、ジムの手が止まり、顔が上がった「このblocked and methylated terminal structureというのは、tediousで面倒だ、何かニックネームをつけないか?」すると、Shatkinが「リン酸の数が2個しかないm7GppNmで構造は間違っているが、RottmanはCapと呼んでいた」。ジム「Hmm--Cap、Capping! It sounds good. ヒロお前はどうだ」。Blocked and methylated terminal structureという長たらしい名は、実は、机の上に置いた私のデータシートに書いてあったものだったが、私はこの短いニックネームがすっかり気に入っていしまった「That’s fine. I am fine」とか答えたのであろう、それでCapに決まった。この時以来、たて続けに2報の論文ができたので、Capというニックネームもアッという間に普及してしまった。ーーその後、Cap(あるいはCAP)という単語は他の名称でも使われるようになり、紛らわしくなってきたので、老生は、m7G-cap とかmRNA capと呼んでいる。ともあれ、Darnellとの、この論文も滅法早かった、3月受理で、5月のPNAS誌に載るのである 12。老生は、米国へ来てまだ1年も経ていなかった。

HnRNAのプロセシング

では、m7G-capから始まる大きなHnRNA(~20S)と細胞質内で見られるmRNA(~6S)との間にどのようなPrecursor-Productの関係があるのであろうか?

図2に、ジムが講演の際に使っていた当時の仮説を、示す。


図2 当時の仮説

そして、この概念は、あの時代、ーー思いもかけないスプライシング反応の発見が出現するまでーー、誰もが思っていたことであった。(ーーどうか、誤解の無きように。以下の考えは間違いであるので)“一本の長いHnRNAから数本の短いmRNAができるとすれば、mRNAの5′末端はどの様にして認識され、cappingされるのだろうか?” 

キャッピングのメカニズムについては、ppN-RNA5′末端へpGがcappingするレオウイルス・CPV型(Furuichi et al. J.Biol. Chem. 1976)13 とpN-RNA末端へppGがcappingするVSV(ウイルス)型(Abraham et al. Cell,1975)14 との2種類が知られていたが、核中のキャッピング酵素はppN-RNA末端をcappingするレオウイルス型であることがわかり、長いHnRNAを特定の場所で切断して、m7G-capを付加する(であろう)と考えることが非常に難しいと思われた。

一方、HeLa細胞のHnRNA中にN-6-methyl-Adenosine (N6mA)が数分子あることが発見され、そのN6mAがRNAプロセシングの一里塚のようなマーカーの役を果たしているのではないかと期待していたが、良い実験モデルは思い浮かばなかった。N6mAの役割は何であるかは、老生の40年前のPNAS論文以来、まだはっきりわかっていないようである。いまや大老のジムもN6mAには心を残しているらしく、息子の研究室のポスドクのため、N6mAの論文作成を手伝ってやっているとのことであるが、老兵今も健在である。

この項では、スプライシングの発見まで行こうと思っていたのだが、その前段階での道草が長くなってしまった。次稿では、筆者が39年前に、「蛋白質・核酸・酵素」誌 15 へ、トピックスとして現地から速報したPhil Sharp やRich RobertsのRNA splicingの発見「アデノウイルスのメッセンジャーRNAに関する新発見(An amazing sequence arrangement at the 5’ end of Adenovirus-2 messenger RNA)」を中心に走馬灯を廻してみたい。(了) 

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References

10. J. Darnell H. Lodish D. Baltimore
 Molecular Cell Biology
 Scientific American Books, W. H. Freeman and Company. (1986)

11. James E. Darnell.
 RNA: Life's Indispensable Molecule
 Cold Spring Harbor Laboratory Press. ISBN: 978-1-936113-19-4.
 CSH Press

 Amazon.co.jp

12. Furuichi Y, Morgan M, Shatkin AJ, Jelinek W, Salditt-Georgieff M, Darnell JE.
 Proc Natl Acad Sci U S A. (1975) 72(5):1904-1908.
 PMID: 1057180

13. Furuichi Y, Muthukrishnan S, Tomasz J, Shatkin AJ.
 J Biol Chem. (1976) 251(16):5043-5053.
 PMID: 821947

14. Abraham G, Rhodes DP, Banerjee AK.
 Cell. (1975) 5(1):51-58.
 PMID: 165900

15. 古市 泰宏
 蛋白質・核酸・酵素 (1977) 22(10), 1201-1204.

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