巻末エッセイ

RNA関連のブログや会報に掲載されるエッセイを読むと、質の高いサイエンスをしている人のエッセイには愛が感じられます。なにかをやり遂げるには「愛された、いつも見つめてもらっていた、守られていた」という幼い時の記憶、または思い出すことは既に難しいがどこかに生きている感覚が大きな助けになるのかもしれません。これは、また、子どもの時にどれだけ「触れる機会」を与えられるかということにつながるのかもしれません。小さな時に「その感覚」を身につける機会を持つことが思考の癖や刺激への反応のパターン、つまり、発見につながるセンスの形成に不可欠なのかもしれません。

まだ去年起こったことなのに、既に忘れ去られようとしているのが「STAP、オボカタ、理研」事件です。昨年4月の会見で、オボカタさんは世間を味方につけました。彼女のメーッセージは「私は不勉強で未熟で周りの人にいろいろ迷惑をかけるけれど、けなげにみなさんの病気が一日でも早くなおるようにがんばっています。私は半人前でうまく説明できませんが、ちゃんと重要な細胞を作れるんです。200回以上作製に成功しました。その細胞を使ってみなさまのお役にたちたいんです。私にやらせてください! 」っていう印象でした。反知性主義的おじさんおばさんや斉藤環的ヤンキーの琴線に響く「つぼ」をおさえていました。あたかも、論理的に説明できない人の方が世間では「かわいいヤツ」ということになることを彼女は知っているかのようでした。あの会見を見ていた人の中には「そんな正論はどうでもいい、とにかくオボカタを信じてやれ、助けてやれ」と思った人が結構いたのでは。

三十代後半から四十代前半、私は司馬遼太郎の『坂の上の雲』を繰り返し、何度も何度も、讀んでいた。おそらく、不安定な時期の精神安定剤であり睡眠導入剤であったと思う。その小説の中に岡田武松(1874〜1956)という気象学者が出てくる。彼は、日露戦争時、中央気象台の予報課長兼観測課長として大本営の気象予報を担当することとなった。日本海海戦にあたって連合艦隊から大本営宛に打電された有名な電報「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」の原典を書いた人である。

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