RNAエッセイ

はじめに

日本人若手研究者の、海外留学への意欲低下が指摘されて久しい。私は、1970年代に英国 CambridgeのMRC Laboratory of Molecular Biology (通称 LMB)、そして Stanford大学での、Pre-docそしてPost-doc 研究を経て、アメリカ東海岸フィラデルフィアにあるWISTAR研究所 (https://wistar.org/about-wistar) にて独立、長年アデノシンをイノシンに塩基修飾するタイプのRNA編集 (A-to-I RNA Editing) と、そのメカニズムに携わるADAR (Adenosine Deaminases Acting on RNA) 遺伝子群の研究を続けてきた。今回は、私自身の海外留学体験、RNA編集を研究してきた経過、米国での研究室を持つに際しての苦労、アメリカのサイエンスを牽引してきたNIH研究費支援制度等について、書いてみようかと思う。

これほどまでに新型コロナウイルスが全世界に未曾有の大惨事をもたらすと、たった数ヶ月前に誰が予想しただろう? これほどまでに科学や医学を発展させてきた人類が、RNA1本にトゲトゲ蛋白質の殻を被っただけの、生き物の風上にも置けない高分子野郎に、完膚無きまでに打ちのめされなければいけないのか? 〜これが俗っぽいが私の正直な印象だ。先日の鈴木勉会長の緊急メッセージを受けて、古市泰宏先生が、新型コロナウイルスに関して素晴らしい啓蒙書を書いてくださった。ウイルス学には疎い私が知らないことも多く、とてもいい勉強になった。また国立がんセンターの増富健吉先生は、臨床医として勇気を持ってPCR検査の検証研究を提案されている。頭が下がる思いである。うちの研究室スタッフの一人も、さっそく増富先生に連絡し、アメリカでの貴重な情報を提供してくれた。恥ずかしながら、一介のRNA基礎研究者である私にできることは何か? と問われれば、正直、今は何もできない。とりあえずは、Stay homeの大号令で、実験がまったくできない若手研究者のストレス解消に、このエッセーを面白おかしく読んでもらうことぐらいだろうか・・・。

新型コロナウイルスが世界中に多大の被害を与えている。中国発のウイルスが、あっという間に広がり、すでに世界で330万人が感染し、死者が25万人も出ている。もっとも被害が大きいのは米国で、そこでは感染者が110万人、死者が6万5千人を超えるという。幸いなことに、この時点、日本では感染者は1万5千人、死者は約500人と少ないが、油断すると米国の二の舞になりかねない。ここは、日本の底力でしのぎたいものである。

5月に入って、新型コロナウイルスの感染爆発は終わった。世界では、まだ、いくつかの国で、爆発が続いているが、日本では、強制的な法指令がなくても、この難局を超えることができたのは、国民の底力である。しかし、これから、コロナの終息までの道のりは遠く、長距離レースとなろう。人口の6~7割がワクチン接種により、あるいは、―――重症化を避けつつーーーウイルスに感染して、免疫力を得ない限り、ウイルスをこの国から除去することはできない。いや、そのあとであっても、ウイルス保因者が外国から入ってくることを想定すると、免疫を持たない3割以上の人たちの誰にも、ウイルス感染と重症化への恐怖は依然として消えないしーーー特に、筆者のような高齢者には、とても怖しい。

病原体など異物が侵入すると、生体は防衛のために免疫反応を開始する。免疫には、即座に開始する自然免疫と、自然免疫だけで手に負えない場合に出動する獲得免疫の2種類のシステムがある。病原体としてはウイルスと細菌の場合があるが、ここではウイルスに絞りたい。細胞が緊急の自然免疫システムによりウイルスを排除しようとする際に分泌する物質のなかにインターフェロンというタンパク質がある。インターフェロンは、高等生物が選んだ最高の抗ウイルス戦士といえる。インターフェロンは、どんなウイルスに対しても、戦う。特に、コロナウイルスやインフルエンザウイルスの様なRNAウイルスと戦うのを得意とする。しかしながら、直接ウイルスと格闘して戦うわけではない。インターフェロンは、小さなタンパクだが、ウイルスが細胞へ侵入すると、① 細胞内で作られて、② 周囲の細胞に働きかけ、「ウイルスが来た」ことを知らせる、③ 次に、「侵入したウイルスを増殖させないために、蛋白合成など細胞の重要な機能を止め」(そのことで細胞自身は死ぬがーー) その後、④「そのような、ウイルスに感染された異常な (自分を含めた) 細胞を貪食して掃除するよう種々の免疫細胞を誘導する」という、誠に、けなげに、多くの働きをするのである。「えっ、漫画みたい、ウソでしょうーー」などと、言わないで欲しい。