生きた化石のたわ言:50年の研究からの教訓

西村 暹(筑波大学 日本RNA学会名誉会員)

本年、日本RNA学会の名誉会員に選出される栄誉によくした。役員、会員の方々のご厚意に深く感謝する次第である。それに加えて、7月23日から25日、名古屋市で開催された年会で特別講演の一つとして、話をする機会をあたえていただいた。久しぶりの発表で緊張したが、一時間の持ち時間で「私のRNA研究:50有余年の軌跡(Reflection on My RNA Research for Last 50 years)」というタイトルで話させていただいた。講演の後、日本RNA学会の編集幹事の北畠 真先生から、日本RNA学会会報に関連記事を投稿することを依頼された。北畠先生の考えでは、講演の内容ということなのだが、それでは年会に出席した方々には、繰り返しになるので、むしろ時間の都合で講演の時にいい足り無かった事など、またちょっと切り口を変えて、本記事を書かせて頂く事にした。

50年前からRNA研究にかかわってこられた方々も、三浦謹一郎先生のように惜しくも亡くなってしまわれた方や、現役を退いた方々が大部分である。おそらく今年の年会に参加した会員の中では自分が最年長だと思う。ちなみに50年前に日本学術振興会の支援で三浦義影先生の肝いりで、東京の国際文化会館で開かれた、RNA研究の国際ワークショップの写真を添付した。(図1)

図1 1970年に国際文化会館で開かれた国際RNAワークショップの際のグループフォト

前  列 左から M. Geffer, J. Abelson, D. Söll, 三浦 義影, D. G. Novelli, R. M. Bock, J. E. Dahlberg
2列目 左から 西村 暹, 国中 明, 坪井 正道, 高木 康敬, 浮田 忠之進;右から 髙浪 満, 村尾 捷利, 大塚 栄子,
3列目 左から 志村 令郎,  石倉 久之, 三浦 謹一郎, 山岸 秀夫;右から 杉浦 昌弘, 口野 嘉幸, 瀬野 悍二
4列目 左から 原田 文夫, 実吉 峯郎

ところで、当時のRNA研究にくらべると、現在では研究手法も大変に様変わりした。自分は今や生きた化石のようなもので、いまだにクラシカルな核酸研究の手法が肌にあう。言い換えると、核酸がエタノール沈殿で物として見えるか、UVスペクトルで検出できないと駄目である。現在の研究ではPCRで増幅したものなど、いわば実体の写しや影で実験していることが多い。元の核酸に存在する修飾ヌクレオシドなどは、PCRでそれを反映させることもは難しい。Khorana研にいた時に、Khorana先生から、場合によっては市販のATPは自分でクロマトグラフィーでチェックした方がよいと言われた事がある。今は使用する実験機器も進歩し、したがって大量のデータが短時間に生産され、その解析も自動化している。実験のプロセスも多くのステップがからむ。しかも実際の実験は、塩基の配列決定やマイクロアレイ、プロテオミクスなど、外注に頼るところが多い。このような複雑な実験の過程を逐一検証する事はできないにしても、重要なポイントは充分に検討したほうがよいと思われる。それは繰り返し実験して、再現性をとるという問題の以前である。たとえばマイクロアレイのデータの発表などをみても、何千、何万の遺伝子発現を調べて、対称に比べて、発現が2倍に上昇した遺伝子をピックアップし、さらに絞り込んで、10遺伝子を特定したというような話を聞くが、それでは発現が2倍でなく、1.5倍に上昇したものは意味がないのかと疑いたくなる。あまりにも大量のデータが出るために、その解釈が恣意的になる可能性を否定できないのではないか?

今や生命科学の研究も、ますますファッション化し、流行化し、そのような流れにそった研究に研究費も流れていく。頭の良い研究者は、期待される研究結果を実験する前から予測でき、それを実験的に示す事で時流に乗ることになる。意識的でなくても、自分の考えに合わないデータを見過ごす可能性を否定できない。ときどき見かける発表論文のretractionもこのような事が起因するのではないか?

年会での講演の最後に50年の研究から得た自分なりの教訓をスライドで示したが(図2;参考文献1)なぜそう思ったかを説明する時間がなかったので、ここではその点について詳しく説明することになる。

図2 50年の研究から得た教訓

  1. Do not forget previous findings.
  2. Do not discard an unexpected finding.
  3. Do not labor over other people’s evaluations.
  4. Critically evaluate the work yourself.
  5. Do not hesitate to collaborate and share the credit.
  6. Make a good plan, work hard and hope for good luck.

 

Lesson1. Do not forget previous findings.

自分は戦中、戦後に育ったせいか、あるいは生まれつきケチな性格からか、自分が手に入れたものを手放したがらない。それで自宅の自分の部屋はゴミ屋敷のようだと妻に言われているが、自分ではどこに何があるか把握しているつもりである。研究でも同じで自分が発見したことはなかなか忘れられない。そのせいか、大学院生時代に発見した枯草菌のRNAseも、それをポスドクとして行ったDr. G. D. Novelliのところに持っていき、それを用いることで、tRNAの限定分解に成功し、新しい研究の発展につながった(文献2,3)。同様に自分たちが発見したtRNAの修飾ヌクレオチド、キューオシン(Q)やライシジン(K2C)にも未だに未練がある。Q塩基(キューイン)やK2Cの試料は未だに筑波大学の−20℃の冷凍庫におさまっている。Qの研究が、今でもかつての共同研究者、Dr. V. P. Kellyによって続けられているのも、その縁である(文献4)。

文献上の情報は世界中の研究者がアクセスでき、それから考えられる新しい研究プランは誰もが考える事である。それに比べ、自分の実験データは自分だけのもので、それに基づいた次のプランは独創的であるはずである。

ところで、我々がDNA中の8−ヒドロキシグアニン(8−OH−G)を発見し、8−OH−Gに特異的な除去、修飾酵素(FDG)を同定し、さらに哺乳動物細胞から同種の酵素、対応する遺伝子(OGG1)を分離した時には、ほぼ同じ時期に6箇所の研究グループから同様の発表があった。自分の発見した事でも、事が重要で面白ければ、それをいつまでも独占する事はできない。負けないためには頑張るしかない。

Lesson2. Do not discard an unexpected finding.

実験中に予期しない結果が出ることは、おそらく誰もが経験していることだと思う。それにどのように対応するかが重要である。おかしいなと思っていても、日々の実験に忙しいと、奇妙なデータは忘れがちになるが、その発見の方がより重要な研究の発展につながる可能性がある。よく言われることだが、自然は平等に新しい発見の糸口を提供しているが、それを拾うかどうかは本人次第である。それは共同研究者についても言える。予期せぬ結果の説明を聞いたとき、それを無視しないで、真摯に聞く態度が必要である。自分が大学院生の時にunexpected finding として枯草菌のRNaseの発見をセミナーで発表した時、指導教官の赤堀四郎先生に、それをもっとやりさないと言われた一言が、自分の研究の将来を決めたと思っている。

Lesson3. Do not labor over other people’s evaluations.

場合によっては他人の評価を気にしないことである。私が枯草菌のRNaseについて初めて酵素化学シンポジウムで発表した時、ほとんど注目されなかった。その後になって、キューオシンについて日本生化学会の年会で発表した時も、今ひとつ注目されなかった。もっともキューオシンについては、しばらくしてから江上不二夫先生から連絡をいただいて、大変面白い成果だと誉めて頂いた。朝日賞に推薦したいと言われたり、また品川にある三菱化成の寮でご馳走になり、大変勇気づけられたことを覚えている。

Lesson4. Critically evaluate the work yourself.

これはLesson3と相反する考えでもあるが、このような考察も重要である。場合によっては研究を中止する決断も必要である。1980年代になって、がん研究も様相が一変した。オンコジーンが発見され、発がん機構も生化学、分子生物学的手法で解明される可能性が見えてきたのである。自分は米国から帰国後、ずっと国立がんセンター研究所で、tRNAを対象として、遺伝情報の解読のメカニズムの解明という生命科学の基本的命題への取り組みが重要だとの考えから、tRNAの修飾ヌクレオシドの研究を続けてきた。しかし、国立がんセンター研究所の同僚、研究環境の影響もあり、tRNA研究は生命科学の研究として重要であっても、果たしてがんとの関連で、どれだけ重要な役割を果たしているのか、疑問を感じるようになっていた。それが研究テーマを徐々にtRNAからシフトさせる動機となり、それがDNA中に酵素ラジカルによって生成する8−OH−Gの発見につながった。

このような研究の転換は自分自身にとどまらず、共同研究者にも当てはまる。原田文夫さん、葛西宏さん、田矢洋一さん、岡田典弘さんなどその例である。私の薦めもあって、原田さんも田矢さんも留学先には研究分野の異なるJ. Dahberg博士、W. Fiers博士のところを選んだ。田矢さんはFiers博士のところでインターフェロンγの同定をおこない、日本に帰国後は、がん関係の研究でp53などのリン酸化と発がんの研究で輝かしい業績をあげた。彼が本年亡くなられた事は、非常に残念である。

有名な教授の中には、自分の研究と同じテーマを弟子にやらせ、その結果何人もの教授が出たと自慢する人もいるが、もっと大局的な観点から、共同研究者を育成する事が必要なのではないか。

注)もっとも一旦中止したtRNAの研究でも、最近は新しい研究の発展があった。tRNA中の修飾ヌクレオシド、5−メチルシチジン、リボチミジンに関連する酵素ががんの発生などに関係している可能性が明らかになりつつある(文献5, 6)。リバイバルで我々もリボチミジンの生合成にかかわるtrim2a遺伝子のノックアウトを用いた研究を始めている。 

Lesson5. Do not hesitate to collaborate and share the credit.

全部の実験を自分たちだけで達成することは難しい。積極的に共同研究を進めることが必要である。この場合、成果を独り占めしないで、平等に分かち合うことが重要である。RNA研究の領域では特にDr. J. A. McCloskey、大塚栄子先生には大変お世話になった。親しい関係が今でも続いている。ほとんどの研究者が発表の最後にたくさんの共同研究者の名前を挙げて感謝しているが、聴衆は皆すぐにそれを忘れてしまう。要はそのようなジェスチャーよりも日々の彼等との対応である。共同研究者や仲間といがみ合って研究しても始まらない。我々は研究を通して、自分の人生を形成しているのである。

Lesson6. Make a good plan, work hard and hope for good luck.

言うまでもない事だが、良い研究計画をたてるためにはやりたい実験、研究テーマがいくつもある事が必要である。それらに優先順位をつけ、リスクはあっても、もっとも面白いと思われる研究をすることである。研究費があり、スタッフが多いと、どうしてもどうでもよいような研究を始めがちである。問題は研究を一旦始めると、止められなくて、ずるずると続くことである。ところで今までの自分の経験だと、たまたまかもしれないが面白い実験結果は皆がお休みしている、年末などに出たものである。今はあまりやらないが、hard workの賜である。

 

文献

1. S. Nishimura. 8-Hydroxyguanine; A base for discovery. DNA Repair 10(2011)1078-1083

2. S. Nishimura, G. D. Novelli. Resistance of S-RNA to ribonucleases in the presence of magnesium ion. Biochem. Biophys. Res Commun. 11(1963 )161-165

3. S. Nishimura, G. D. Novelli. Dissociation of amino acid acceptor function of sRNA from its transfer function. Proc Natl Acad Sci U S A. 53(1965) 178-184

4. C. Boland, P. Hayes, Santa-Maria, S. Nishimura,V. P. Kelly. Queuosine formation in eukaryotic tRNA occurs via a mitochondria-localized heteromeric transglycosylase. J. Biol. Chem. 284 (2009) 18218-18227

5. S. Blanco, S. Dietmann, J. V. Flores, S. Hussain, et al. Aberrant methylation of tRNAs links cellular stress to neuro-developmental disorders. EMBO J. 33(2014) 2020-2039

6. D. G. Hicks, B. R. Janarthanan, R. Vardarajan, S. A. Kulkarni, et al. The expression of TRMT2A, a novel cell cycle regulated protein, identifies a subset of breast cancer patients with HER2 over-expression that are at an increased risk of recurrence. BMC Cancer 10(2010) 108

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