Prof. Elisa Izaurralde 追悼文

日本RNA学会

平成30年4月30日、世界的なRNA研究者の一人であるProf. Elisa Izaurraldeがご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。RNA学会では、Prof. IzaurraldeのRNA研究への多大なご貢献に感謝し、Izaurralde研究室にポスドクとして4年間在籍した鹿島勲さんに追悼文をいただきました。

Elisa Izaurralde 先生を偲んで

鹿島 勲(東京大学教養学部教養教育高度化機構 自然科学教育高度化部門)

はじめに

世界における第一線のRNA研究者Elisa Izaurraldeが58歳という若さで生涯に幕を閉じた。現役のマックスプランク発生生物学研究所(Max-Planck-Institute Tübingen, Germany)のディレクターとして、近年開催されたRNA society meeting やCold Spring Harbor meetingのオーガナイザーを歴任し今後さらなる活躍が期待されていた。日本では、cap binding protein complexの研究1で切磋琢磨した思い出を持つ先生方やRNA関連のミーティングでいつも最前列に座っている印象を持つ日本RNA学会員が多いのではないかと思う。私はポスドクとして約4年間(2007〜2011年)Elisa Izaurralde研究室で大変お世話になった。ここでは、そのときと同じように「Elisa(エリーサ)」と呼ばせて頂きたい。

この追悼文で何を書くべきか?

突然の訃報に大変驚き、何をどのように表現したらエリーサを追悼できるのかよくわからない。エリーサは私にとって素晴らしいボス(boss)、メンター(mentor)、ときには母のような存在であった。今でも、ミントティーもしくは、コーヒーを飲み、チョコかクッキーをかじりながら、コーヒー部屋にちょこんと座って、何か言いいたそうにこっちを見ている気がする。


写真の説明:Elisa looks at me.(私が彼女のラボを去るときにくれたフォトアルバムより)

今、この追悼文を書いている最中にも、インターネット上でエリーサの死を悔やむWeb記事2,3やtweet(from@RNA society@MPI for Developmental Biology、@embl)が次々と発信されている。以下では、私が感じたエリーサらしさ、エリーサにまつわるエピソード、Googleやウィキペギアでは調べられない・掲載されていない内容、私が個人的に大切だと感じる内容を勝手に執筆し、日本RNA学会のウェブサイトから発信してエリーサへの追悼とさせてもらう。 エリーサの生い立ち、学業・研究者としてのキャリアに関する詳細は、下記に挙げた参考ウェブサイト2-4などを参照されたい。

エリーサらしさ

エリーサらしい研究ってなんだったんだろう?

外から見ると(たぶん)
エリーサが自分で書く論文は端から見ると、ストーリー性は高くなく、事実を記載するといったように感じ退屈する人も多かったハズだ。彼女のキャリアの中で論文発表ペースは途切れることはなかったが、一方でライフサイエンス業界の三大紙のペーパーを量産するスタイルではなかった5

内からみた(私は)
エリーサは、特別な技術を必要とせずに現代において分子生物学実験を行う研究者なら誰でも使うことができる研究手法を用いて、既知・未知問わず自分の目と手が届くチームで確認してから着実に進めていくスタイルであったように思う。ポスドク・学生・テクニシャンを巧みな手腕によりチーム編成し、圧倒的な実験量・仕事量をもって慎重に仕事を進める姿を当時の私は目の当たりにしてビックリした。

未熟な私には、論文発表されるのはごくごくわずかで、膨大な実験データが引き出しにしまわれたままになる(お蔵入りする、熟成中とも言う)ことにかなり衝撃を受けた。ちょちょっとまとめれば、一本論文かけるじゃんと思うのだが、エリーサ独自の基準を満たしていないと世に出ることは決してなかった。私もその例外でなく、4年間滞在した前半の2年間携わっていた解析データは今でもエリーサの引き出しで熟成中である。おいしいワインになっているのか、誰も飲みたくない酸っぱいお酢になっているのか今となってはわからない。「Mattajラボで6年間一つも論文が出ずにポスドクしていた。」エリーサは、とときどきポスドク連中や学生へ向かってに言っていた。それを聞くと、私から熟成中のデータに関して何も言えなかった。ここまで慎重なスタイルは、さしあたり現在流行中の競争原理が主たる原動力の仕組みでは到底維持できない、エリーサの人柄、EMBL(Germany)やMax planck society(Germany)の懐の深さを感じずにはいられない。

この一本

Gatfield D, Izaurralde E. Nonsense-mediated messenger RNA decay is initiated by endonucleolytic cleavage in Drosophila. Nature. 2004 Jun 3;429(6991):575-8

私が選ぶエリーサの1本は、この1本6である。この仕事を2004年開催のRNA society meetingで見て聞いて衝撃を受け、エリーサの研究室へ行ってポスドクをしたいと思った。2004年の時点で、真核細胞におけるmRNAの内部切断、異常な位置に存在する終止コドン、リボソーム、切断部位に関する解析をシンプルに綺麗なデータで示したこの仕事は王道のRNA研究のマイルストーンの一つだ。Nonsense-mediated mRNA decay(NMD)だけにとどまらず、その後の真核細胞におけるmRNA分解機構の解析方法・考え方に多大な影響を及ぼしていると私は個人的に感じている。

この仕事は、エリーサがまだEMBL(Heidelberg, Germany)にいた頃、young group leaderとして学生のGatfield David(現所属:Center for Integrative Genomics, University of Lausanne, Switzerland)と二人で成し遂げたと本人から教えてもらった。エリーサ本人は、三大紙へ投稿する気などなかったが、エリーサの師であるIain Mattaj(EMBL)から激励を受けて投稿に至ったという経緯を教えてくれた。

この仕事の後、真核細胞のmRNA分解機構に関して、最初はElena Conti(当時所属:EMBL、現所属:Max-Planck-Institut für Biochemie, München, Germany)らとの共同研究、さらに後にはエリーサ自身のチーム内に立体構造解析チームを形成し、タンパク質:RNA複合体の立体構造解析とこれまでの分子細胞生物学的手法を融合した研究を進め今後の発展が期待されていた。立体構造チームが生データを取得してまとめて、直ちにElisaと分子細胞生物学チームへ伝える。分子細胞生物学チームが得た情報を立体構造チームへフィードバックする。こんなやり取りが、ピンポンのようなラリーで続くのを目の当たりにした。

軸となっているのはEMBLでの経験

私が感じるエリーサらしい研究スタイルは、Iain Mattaj研究室での経験、 エリーサ同世代のEMBL group leaderらとの交流に多大に影響されていると思う。Mattajラボでのディナー招待にまつわる話や若かりし日のElena Contiとの学会参加で洗剤を間違って歯磨き粉として使ってしまった話など、エリーサの昔話は、いつもEMBLのメンバーと研究とハードワーク、それとちょっと笑いがあった。EMBLよりも前のキャリアの話は私との会話の中ではあまり出てくることがなかったが、私がSDS-PAGEが得意で綺麗な電気泳動をすることができると自分の腕前を自慢したら、エリーサはUlrich K. Laemmli(Laemmli法の開発者, University of Geneva, Genève, Switzerland)の研究室で卒業研究をしていた話で対抗してきた。スイスでの学生時代、ビックリするような下宿に住んでいたエピソードなども教えてくれた。

エリーサのEMBL友達は、私にも研究の楽しさやちょっとした勇気を与えてくれた。DFG(ドイツ研究振興協会)のリトリートやRNA society meetingに参加するとエリーサと一緒にMatthias Hentze(EMBL, Germany)やElena Contiと話をした。Matthias Hentzeに自分の意見を話してサムズアップされると一瞬だけれど一流の研究者の仲間になれたような気分になれた。Elena Contiとは少しであるが共同研究する機会を与えてくれた。いつもエリーサと議論していたことに関して、自分たちと専門や考え方が違う信頼できる人達と話す機会をエリーサは私に与えてくれた。

ラボの運営-Mannschaft (サッカードイツ代表の愛称)

エリーサのラボ運営は、一言でいうとサッカーのドイツチームみたいだった。彼女の性格とマックスプランク研究所(Germany)のよき仕組みがうまく調和して動いていた。個人の能力が爆発するスター選手が活躍するのではなく、全体をうまくコントロールしながら慎重に機を見計らって得点するそんな印象だった。彼女の師であるMattajが、オーケストラの指揮者のスライドをラボ紹介のスライドに使用しているのをどこかで見たことがあるが、エリーサの場合はサッカーの監督のようだと思った。戦略と合わない、走りが悪いとすぐに交代。日本式だと合うように努力・模索するのが普通なのかもしれないが、エリーサは合わない人に対しては、どうぞ合うところへさっさと行って活躍してくださいといった方針だったように思う。ラボのルールは厳格に決められていて、特に試薬を自前で作成して供給する仕組みには舌を巻いた。最近日本でよく見かける量り売りのワイン・ビネガーショップ(イメージ)、あんな感じで基本試薬がラボに並んでいた。基本的にはそれら全部ポスドク・学生が当番制で作成した。今でも私の書斎の研究超最重要ファイルの先頭には、ボロボロになったエリーサのレシピブックが入っている。試薬や材料を調べて自作する習慣はこのとき私の身に染みて取れなくなった。

RNA領域・研究所・社会への貢献

エリーサの特徴の一つは、返答の早さ。論文の査読を必ず期限を守りすぐに返答していて、編集者に褒められたことがあるとときどき自慢していた。事務処理能力の高さを活かして、研究所・学会・研究班のオーガナイザーとして運営・発展に多大な貢献をしてきたのだと思う。また、若手研究者・学生、特に女性で研究者を志す者へのサポートも強かった。マックスプランク発生生物学研究所(ドイツ)は女性PIがとても多い研究所であった。その中でもエリーサのラボは(私がいた当時)、サッカーでいうとフォワードで活躍しているのは女性であった。今回エリーサの意向により、葬儀ではお花を出すことは許されず、その代わりに女性への教育基金への募金がアナウンスされている。

好きだった食べ物

チョコ、After Eightというチョコ(イメージ)、ミントティー、コーヒー、クッキー、白ワイン。
コーヒー部屋でボーとしていると、エリーサはAfter Eightをくれた。結構な頻度で私にAfter Eightをくれた。エリーサ、After Eightも研究を楽しもうよということだったの?

感謝

2011年2月エリーサの研究室を出て行くときに、ハグをして頬を合わせた。その直後、東日本大震災に遭い、無事を伝える国際電話が最後の声で話した会話であった。
そして、私が最後に送信したe-mailの内容はこんな感じだったと思う。楽屋落ちで申し訳ないが、これは僕がエリーサに教えてあげたかったことの一つだ。

Subject: transparent tape

Dear  Elisa,

You always said to me, “tube labels should be covered with transparent tape!”.
Don’t worry Elisa, now I found a nice one here in Japan. I will choice/use this transparent tape which fits to my tube for the labeling.

Thank you for your help.

isao

(補足)

エリーサは、エッペンドルフチューブへのラベルの仕方にも細かいこだわりがあって、それをラボメンバーにも徹底させていた。私は、あんまり人の話を聞かないときがあるので、透明なテープを巻かずに、半透明なサイズの合わないテープをチューブに巻いてエリーサを激怒させたことがある。
エリーサの流儀に合わずに、数え切れないほど怒られた。英語が苦手でいつも学会発表のスライドにスペルミスがあったこと、Izaurraldeの発音ができずにRNA meetingで恥ずかしい思いさせたことなど多数。いつもそこにはエリーサなりの優しい気持ちがあったことに感謝している。

最後に

エリーサ、話したいことがたくさんあります。とても寂しいです。
御生前のお姿を偲び哀悼の意を表します。

Hello, it's me

Elisa, it's me, haven't seen you in a while.
I really miss you, I really miss your mind.
I wished I talked to you more when you were alive.
Hello, it's me
Lou Reed & John Cale - Hello It's Me|Youtube, Partially modification/quotation)

参考

1. Izaurralde E, Lewis J, McGuigan C, Jankowska M, Darzynkiewicz E, Mattaj IW.
A nuclear cap binding protein complex involved in pre-mRNA splicing.
 Cell. 1994 Aug 26;78(4):657-68.
 PMID: 8069914

2. Obituary|Département de biologie moleculaire Sciences II Université de Genève

3. In memory of Elisa Izaurralde|Max-Planck-Campus Tübingen

4. Elisa Izaurralde - Wikipedia

5. Elisa Izaurralde - PubMed - NCBI

6. Gatfield D, Izaurralde E.
Nonsense-mediated messenger RNA decay is initiated by endonucleolytic cleavage in Drosophila.
 Nature. 2004 Jun 3;429(6991):575-8.
 PMID: 15175755

 

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