女性研究者エッセイ(1) 「TDP-43 as a guardian of the embryo genome」

投稿者 李典 (慶應義塾大学部医学部分子生物学教室)

慶應義塾大学部医学部分子生物学教室に所属している博士課程4年の李典と申します。今回は、私の研究内容を紹介していきたいと思います。

私の博士課程の研究テーマはとびまわるDNA配列、L1(またはLINE-1)に関するものです。L1は「コピーアンドペースト」方式でゲノム中に自分自身のコピーを自律的に増やしていく性質を持つ転移因子の一種であり、ヒトゲノムの約17%を占めています。ヒトでは進化的に若く、いまだに転移能を持つL1が数十から百コピーほど、マウスではその数は三千コピーほど存在すると推測されています。

L1の転移活動(ゲノムへの挿入)により生物種内で個体差が生まれ、長期的な視点から見れば生物の多様性や、進化の原動力になりますが、短期的には、挿入により個体に有害な変異をもたらし、筋ジストロフィー、血友病やがんなど様々な疾患を引き起こす可能性のある諸刃の剣であります。

このような危険なL1の転移は一般的に抑制されていますが、哺乳類の初期胚発生過程においてはL1がコードするタンパク質L1 ORF1pが大量に翻訳されています。生命の始まりという重要な時期にL1が転移すればゲノムの恒常性が失われ、生命の連続性が破綻する可能性もあります。何かL1を抑制するメカニズムはないだろうか。このような疑問を持ち、私は初期胚におけるL1の転移の抑制機構の解明に着目し、研究を進めました。

まず初めに私はL1 ORF1pに対するマウスモノクローナル抗体を作製しました。この抗体を用いてマウス2細胞期様細胞(2C-like cell)の抽出液からL1 ORF1pの相互作用因子を免疫沈降し、質量分析で解析しました。すると、TDP-43(Tardbp遺伝子にコードされるタンパク質)をL1 ORF1pの有力な相互作用因子として同定しました。EGFPをレポーターとするL1の転移活性測定系(retrotransposition assay)を用いた実験により、TDP-43が有意にL1の転移活性を抑制することを見出しました。

次に、マウスの受精卵において、TDP-43をsiRNA(siTardbp)を用いてノックダウンしました。するとコントロールと比べ、siTardbpを導入した受精卵では、進化的に若く、転移能を持つ内在性L1のコピー数が上昇し、発現上昇も見られました。加えて、胚を構成する割球数の激しい減少が観察され、ゲノム不安定化が加速し、細胞増殖が障害されたことが示唆されました。すなわち、胚発生初期における大規模なL1の脱抑制によるゲノムへの挿入が起きたため、ゲノムの恒常性が失われたことが示唆されました。

一方で、TDP-43タンパク質をコードするTardbp遺伝子は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の重要な原因遺伝子の一つです。ALSは運動神経細胞が何らかの原因により徐々に壊れていってしまう病気で、根本的な治療法はなく、神経細胞からの電気信号が筋肉に伝わらなくなり、患者は最終的に全ての運動機能を失ってしまう深刻な病気です。Tardbp遺伝子配列における変異がALSを引き起こす上、ほぼ全てのALS病巣においてTDP-43の異常な凝集が観察されるなど、ALSのリスクファクターとして注目されています。

ほとんどのALSに関連する変異はTDP-43のC末ドメインに集中しているため、私はそのC末ドメインを欠損した変異タンパク質を作製し、L1の転移活性に対する影響を観察しました。すると、C末を持たない変異タンパク質は、L1の転移を抑える力をほぼ全て失っていました。

これまでの結果を合わせて考えると、TDP-43の機能不全によりL1の転移を抑える力が弱くなり、L1の大規模な挿入につながります。そして、TDP-43の変異とALSの発症の間に、L1の転移が関わっている可能性が示唆されました。つまり、初期胚発生から長い年月をかけて蓄積された有害なL1の挿入が、悪さをしているのではないか、と私は考えています。

このようにトータルで100万近いコピー数を持つL1ですが、まだまだわかっていないことがたくさんあります。私はそのミステリアスな一面に魅了され、博士課程のトレーニングを通してL1の生態を少しずつ明らかにしてくことに全力を注ぎ、同時にとてもやりがいを感じました。この先も研究で様々な困難に直面するけれど、全力で向き合う気持ちを忘れずに研究の道を進んでいきたいと思います。

(この研究をまとめた論文はScience Advancesに報告されています。)

 

A. 初期胚発生におけるTardbp(赤の点線)とL1(青線)の発現プロファイル。Tardbpは2細胞期胚で発現が急激に落ち、その後徐々に回復していくが、L1はその反対で2細胞期胚において発現のピークを迎える。B. 核内では、TDP-43(緑の丸)はL1 ORF1p(青の丸)と相互作用し、L1の転移を抑えるが、TDP-43の機能不全によりL1の転移が活発に起こり、新規挿入(赤のDNAフラグメント)につながる。

 

 

編集部より

記念すべき第一回目に、L1制御の興味深い研究内容を寄稿いただき、どうもありがとうございます。博士課程の学生からベテランにいたる女性研究者にフォーカスして、エッセイのような自由形式で、研究内容などを紹介するシリーズ企画を立ち上げました。自薦他薦は問いません。そして、性別も問いません(^^)。研究のこと、日頃思っていることなど執筆したい!ことがありましたら、編集幹事 (このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。) までご連絡ください。

 

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