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Dr. Q

投稿者 吉久 徹 (兵庫県立大学大学院 生命理学研究科)

老人が日向に出したロッキングチェアに揺られている。彼は、かつて、Dr. Qと呼ばれていた。といっても、某国諜報部の秘密兵器の開発技師だったのではない。単なるRNA生物学の研究者だった。いくつかの学会に所属していたが、どの学会でも疎まれもし、ありがたがられもする不思議な立ち位置の男だった。とにかく、彼は、学会の年会に参加するのが好きだった。年会に参加して、自分の興味のあるセッションには、自身のメインの研究分野であるかどうかにかかわらず顔を出した。元からRNA研究者だった訳ではなく、大学院を出た後、アメリカでのポスドク生活を経て、帰国して某大学の助手を務める間は、タンパク質の細胞内局在について、膜透過から小胞輸送まであれこれやっていたらしい。運の良い男で、大学院で直接研究指導をしてくれた研究者とポスドク時代のボスが後にノーベル賞をそれぞれ受賞し、自分でもらったわけでもないのにノーベル賞メダルに触れる幸運に浴している。そんな研究経歴の中で、まだタンパク質の膜透過で有名な研究室で助手をしている間に、日本RNA学会の創設の場にも居たというから不思議な男である。その後、別の大学のミトコンドリア研究で有名なラボの准教授になって自分のテーマを動かせるようになった時に、tRNAの動態で多少面白いことを見つけたらしく、いつのまにか日本のtRNA研究の分野にちゃっかり居座るようになっていた。そんな経歴が、彼をして学会のいろいろなセッションに顔を出さしめたのだろう。

なぜ、Dr. Qが学会で疎まれもし、ありがたがられもしたのか?そう、かれは学会でディスカッションするのが大好きなのだった。どんな発表でも、Dr. Qはほぼ質問をしようとした。彼は何でも知っているわけではなく、知っていることしか知らないのに、どんな話題にも口を出そうとした。専門分野の質問に周到な準備をしていた発表者からすれば、すこし脇道から思わぬ質問をされることほど対応に困ることはない。その分野のエキスパートであれば状況を理解した上で避ける質問も、Dr. Qは平気で口に出してしまう。全く、迷惑な男だった。ただ、そのセッションの座長にとっては、質問が出なくて間が持たない心配だけはしなくて良いので、立場が違えば評価も変わった。今日のセッションにはDr. Qが居て良かった、と。なぜ、そんなにどんな話題ででも質問するのですか?時々Dr. Qはこう聞かれることがあった。彼はそんなとき、自分はサメみたいな生き物だから、質問しないと息が出来ないんですよ、と韜晦するのが常だった。でも、彼は思う。みんな、なぜ、質問しないんだろうと。彼にとって学会は、自分の知識欲を満たすための場だった。ある意味、彼は貪欲な男だった。何でも知りたかったし、その場で分かりたかった。といっても、そんなことは神ならぬ身では不可能なのだが...。彼は、むしろ傲慢だったのかもしれない。それに、彼は、自分の質問でも他人の質問でも、そこから議論が進むのが大好きだった。彼は常々思っていた。学会の醍醐味は、プレゼンの後の丁々発止のディスカッションではないかと。どうも彼の若い頃の経験がそう思わせていたようだった。大学院の時分、彼の所属していた研究室のセミナーでは、教授をはじめとする教員はもとより、大学院生みんながプログレスリポートだろうかジャーナルクラブだろうが他人の発表にあちらこちらから口を出すのが常だった。当時のDr. Q自身、教員や先輩だけでなく後輩からの厳しい突き上げ質問にあって、四苦八苦していた。それが普通だと思い込んだのか、Dr. Qはどこでもそれを実践しようとした。

でも、彼はどうやってそんなに器用に質問出来たのだろう?彼は、学会で発表を聞くとき、多量の走り書きのメモをとるのが常だった。彼は悪筆だったので、そのメモを見ても、おそらく、誰も、そして時間がたてば本人すらメモを判読できなかっただろう。でも、メモを取ることで自分の頭に発表内容を整理・保存するのに役立てていたようだ。その中で、自分が理解できないポイントや、自分の知識・常識と齟齬があるポイントを抜き出して質問するのが常だった。彼は教科書的な知識、すなわち、その分野のごく普通の常識に照らして発表の内容を吟味した。そうすると「自ずから理解するためにさらに知るべきこと」=「質問すべきこと」が明らかになった。教科書的知識は決して侮れないと彼は常々思っていたらしい。しかし、その常識を厳冬期のコートのごとく身につけていると言うより、新しい発表でそれがどう破られるのかを楽しみにしているようだった。

彼は自分の周りに彼より優秀な研究者がたくさん居ることもよく知っていた。だから彼は、学会でそうした研究者から直接いろいろなことを吸収しなければ損だと思っていた。別に、自分より優れた研究者に教えを請うことに恥ずかしがることはない、むしろ、そうした研究者は無知な自分に惜しみなく教えることが当たり前だ、と彼は信じ込んでいた。全く、強欲な男である。だから彼は言った、学会で最もつまらないプレゼンは、自分のプレゼンである、と。自分のプレゼンの内容はすでに全部知っているのだから。ただし、それでも自分の発表のディスカッションは緊張していたようだった。自分と同じような“Dr. Q”は他にもいる。もちろん同じ専門分野の研究者からの鋭い突っ込みは、自分の研究力が試されているわけだし、次の研究展開にも大きく役立つから、確実に答えなければいけなかった。だが、その分野には素人でも優れた能力を持つ研究者からのナイーブな問題への質問ほど、考えさせられるものだ。時に、あまりの鋭さに答えを考える前に、自分もこんな質問が出来たらと嫉妬に駆られることもあったようだが。

彼は、無謀でもあった。生命科学の分野ならいざ知らず、他の分野のセミナーでも臆することなく議論に加わった。機会があれば、自然科学は言うに及ばず、文系のセミナーでも首を突っ込んだ。異分野の研究者によるブレインストーミング的な議論に加わることが出来れば、彼はこの上なく興奮した。しかし、異分野でのディスカッションがいくら面白いとはいっても、Dr. QはRNA研究者だったから、最も居心地良くしていたのは日本RNA学会だったようだ。こじんまりとした学会で、全ての口頭発表を同じ場所に座って聴けるのも彼のお気に入りの理由だった。もちろん、彼は座長から当てられれば、どんなセッションの発表でも見境無く質問した。彼は、自分の研究ではごく普通の研究者だったが、彼の頭に蓄積された知識はきっと膨大な量だったに違いない。でも、それは彼のミクロコスモスの中だけに蓄えられた情報だった。もし、その情報を取り出すことが出来て、誰かに移すことが出来たら...。

その日もかつてDr. Qと呼ばれた老人は、ロッキングチェアに揺られつつ、半分ぼんやりした意識の中で、ある日のRNA学会のことを思い出していた。そう、自分の発表ではなく、他の研究者の発表の後のディスカッションに加わっている自分を。RNA学会か、何もかもが懐かしい...。

 

「吉久先生、ぼんやりしないでくださいよ。発表終わりましたよ!」

「そうですよ。いくら彼の発表練習が今日の最後だからといってぼうっとしてどうしたんですか?」

「いや、申し訳ない。さすがに年を取って、体力が落ちてきたかな?1人あたり1時間の発表練習を6人もやるともたなくなったか。でも、発表はしっかり聞いていたよ。後で始めからスライドを見てゆくけど、とにかく、6枚目のスライドの説明が1分34秒もかかって長すぎるし、最後のまとめスライドの文章は、字面が多い割には内容がしっかりまとまっていない。とにかく、最初のスライドに戻って1つ1つ見てゆこう。」

「え〜、先生きちんとは聴いていたんですね。」

「あたりまえだ!」

でも、なんで意識が飛んでたんだろう。メモの時間記録からするとほんの10秒程度だったはずだよな。Dr. Qと呼ばれた男か...。似てると言えば自分に似てるかな?

 

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