SARS-CoV2による大嵐の中で、RNA研究者として今できること

投稿者 増富健吉(国立がん研究センター研究所)
2020年05月04日

私は、RNA学会の一メンバーだ。日本RNA学会の鈴木勉会長が、学会会長として出された緊急メッセージで、「RNA研究者として今何ができるか?」と提言されている。このことについて真剣に考えてみた。

私はRNA研究者とはいっても、元・肝臓内科医、現・がん研究者という立場での研究者であり、「生粋のRNA研究者か?」といわれるとやや心許ない。しかし、私なりにこの「大嵐」のなかで見えてきたもの、感じたことを、身分不相応にも、鈴木会長に勇気をもって投げかけてみたところ、この場での意見投稿の機会を頂いた。

最初に、今回の世界的な新型コロナウイルスのパンデミックに際して、今更ながら感じたことがある。「いかなる研究も、自分たちの自由な発想と責任で行うことができる (た) ことの幸せさ」である。このことを痛感しているのは私だけではないと思う。本当に「今更ながら」で恥ずかしいが、世界が平和で安寧、健全でなければ、自由な研究は行えないことに気がついた。この「自由」をできるだけ早く取り戻したいので、RNA研究者としできることを提案したいと思う。

日本あるいは世界で、歴史上、これほどまでに「PCR」検査 (正確にはRT-qPCR検査だが、以下、RT-qPCR検査のことを「PCR」検査とする) が世間一般の人々のレベルにおいてまで、有名になったことはなかったのではなかろうか。この「PCR」検査、どれだけの医療者、政治家、疫学研究者が、その実務を理解しているのだろうか。保健所職員、病院の臨床検査技師の皆さんにとっては、「RNAを抽出すること」自体が、おそらく、これまでほとんど経験したことのない手技なのではないだろうか。自分が関わってきた内科臨床医としての経験でも、すぐに思いつくところでは、RNAを直接取り扱うような場面はほぼないと思う。C型肝炎ウイルス (同じく1本鎖RNAウイルスに属する) の定量検査も、今でこそ、全自動化されて院内検査として迅速・簡便といえる方法で処理されているが、「未知の輸血後肝炎の原因病原体」の探索から「C型肝炎ウイルス」として同定された、その研究の黎明期には、一部の特殊トレーニングを受けた技師さんたちのみが行えた「特殊検査」であった時代もあるのだ。いわんや、数ヶ月前に人類が初めて同定した新型コロナウイルスをや、ではなかろうか。「RNA抽出」とは、新型コロナウイルス同定に全力を尽くす最前線の技師さんたちには、ある意味、ある日突然に習得と実践を命ぜられた手技なのではと推測する。一方で、RNA研究者たちは「RNAの抽出から、RT-PCR、さらにはその検量に至る全行程」を日常業務として毎日のように行っているではないか。患者検体 (咽頭ぬぐい液など) からの抽出か、培養細胞からの抽出かの差こそあれ、手技的には熟練している。このような背景で、日本では、RNA研究の専門家も含めて、誰も「新型コロナウイルスの「PCR」検査にはRNAを抽出するステップ」があること、このステップが意外にも「PCR」検査の数を増やせない律速となっていること、を説明しようとしない。(私自身は、RNA抽出からRTのプロセスが律速だという「仮説」を立てているが、この「仮説」が正しいかについて検証研究注)を開始する。また、実験と診療に関する、法的な壁に関しては後述する。)

かたや、連日の報道では、「PCR」検査をとにかく増やせという連呼が続く。「PCR」検査の数を増やす議論の是非はともかくとして、本日現在の人類の持つ技術と道具で、この世界的な経済活動の崩壊を食い止めるには、疫学的にある程度の母集団での陽性率を何とか把握する努力が必須だと思う。正確な分母の数を測定しなければ、できるだけ正しい「重症化率」も「致死率」も計算ができない。このままでは、「現状の誤っているかもしれない数だけ議論」からの脱却は望めないだろうと思うし、まして、感染の拡がりを抑え込むという観点からも極めて不利な状況が続くと思う。本日現在、抗体を用いたhigh throughputな検査が実用化されていない状況では、やはり「PCR」検査で何とか疫学的動向をつかむ努力をしなければ、このまま日本は世界に遅れながら、ずるずると、不気味で気の重い状況が長引くという危惧を持つ。

なぜ、これほどまでに世論とずれた「検体数」が続くのかの議論に終止符を打ち、実務として本当に必要な数の「PCR」検査を進めるためには何がボトルネックになっているのかを、RT-PCRの全プロセスを詳細に知る専門家集団、すなわち日本RNA学会が、学術的に調査すべきではないか。その上で、この背景に存在する問題点とその解決策を学術的に明示すべきではないか。これは、常日頃、税金で研究を推進しているRNA研究者たちの極めて重要な「アウトリーチ活動」の一つでもあると同時に義務ではないだろうか。こうした正しい情報を専門家が発信することで、「ロボット型全自動式RT-PCR機械の開発や、384プレート用のPCRマシーン千台 (百台でもいい) を完備した工場を建設する」という企業があらわれ、本質的な問題解決につながるかもしれない。さらに言えば、調査結果次第では、この「仮称:「PCR」検査工場建設計画」を国に提言をしてもよいのではなかろうか。「計画」の中身自体には実現不可能な技術的な壁はないように思う。

3月23日にボストンにいる友人と会話した際、Broad Instituteは、人材 (研究者) と機材を「コロナウイルス研究」にシフトすることを指示し、1日あたり1,000−2,000検体のRT-qPCR検査 (彼らは「Test」という) をマサチューセッツ州の住民のために行うことを推し進めたという。「Test」も含む「コロナウイルス研究」を“essential science”のひとつとして位置づけ、その他の“non-essential science”はすべてシャットダウンしたという。自由の国アメリカの科学者たちがこの動きを受け入れてもう1ヶ月以上がたつ。英国Crick研究所でも、がん研究者が、同様に自らの「研究」を「Test」にシフトしたと報じられている。https://www.nature.com/articles/d41586-020-01109-x

日本にも、上述の2研究所の研究者にひけを取らない、知識と技術を有するRNA研究者たちがたくさんいる。日本でも、RNA研究者が、そしてがん研究者も、この緊急事態にコロナウイルス研究に参画してもよいのではなかろうか。もっと参画すべきではなかろうか。日本RNA学会は「仮称:チーム新型コロナ」を立ち上げるというリーダーシップを発揮してもよいのではないだろうか。

「偉そうなことをいって、お前一人でやれば」といわれる恐怖と戦いながら、私が、この原稿でこの愚策を練っているたった2日の間だけでも、多くの仲間たちから極めて有用な情報や助言 (文章の校正も含め) があった。たとえば、「法規制によるコロナ研究参画への壁」、「参画者の安全の保障と、万が一に対しての補償の問題」、「行うべき研究の具体的中身の提案」、「RNAの抽出を省略できる方法がすでにあるといった具体的な解決策の提案」、「自分も同じ考えだという賛同の声」、「言っても無駄だし、やめておけという助言」などなど。このことが意味していることは、「多くのRNA研究者たちが、もう既に考えて行動している」ということなのだ。目下、日本では、程度の差こそあれ「自由な発想に基づく、自由な研究」は自粛要請されている状況にあるわけだから、日本の有する優秀な人材と機材を、「新型コロナ研究」に投入する方向性へのリーダーシップを学会なり政府なりが取るべきなのではないだろうか。

一方で、「日本の法規制による研究参画への壁」に関する議論なくして、人材や機材の投入だけで片付く話でもないというもっともな意見もある。具体的には、「病原体を含む患者検体を自由にどこでも扱えるわけではない (衛生検査所の届出義務)」、「遺伝子組み換え実験を、新型コロナウイルス由来の塩基配列を含む材料で研究を行う場合、文部科学大臣への大臣確認申請による許可が必要」などなど種々の法的規制や研究者として遵守すべきガイドラインを乗り越えなければならない。このように、難しい問題もある一方で、これらの点さえクリアできれば、BSL2 (P2) で実験可能な「新型コロナウイルス研究活動」もたくさん存在するのも事実だ。また、当然のことながら法律家にも相談しなければならないが、この壁を乗り越えるための研究者としてのアイデアがいくつか届いているのも事実だ。

臨床医、政治家、「専門家」ですら、新型コロナウイルスが「RNAウイルスであること」にあまり興味のない (意味を感じていない) 人も多いのではないだろうか。日本のRNA研究者たちの優秀さを、もっといえば、その存在すら、知らない人も多いのではなかろうか。今こそ、RNA研究者たちのプレゼンスを発信し、「活躍の場」を日本RNA学会がリーダーシップをとって作るべきではないか。「PCR」に負けないほど「RNA」という言葉が「増幅」したときには、新型コロナウイルスの嵐が去っているのでないかと信じている。

注) 学術的検証研究:私自身は新型コロナウイルスを含むRNAウイルスの増幅機構とがん細胞の増殖機構の双方に、RdRPが必要との基礎研究を推進している。その研究の過程で、新型コロナウイルスの増幅機構の知識を得た。そのお陰で、「PCR」検査の全行程を理解している。また古い時代のC型肝炎ウイルスの検査開発の歴史も知っている。一RNA研究者、そして、元・内科医として、「PCR」検査の数がなぜ増えていかないのかに関して、調査研究を開始することとした。防護服、綿棒、oligo dT、PCR-primer、dNTP、RT-PCRのできる検査技師の数、などなど、「PCR」検査の全行程のどこが律速になっているのかについて、年休取得の上、学術的検証研究を行う。この学術研究 (勿論、論文化を目指す) にボランティアで参加頂ける研究者の方々は、是非御連絡頂きたい。連絡先は、email: kmasutom[at]ncc.go.jp