受賞によせて

三嶋 雄一郎(東京大学分子細胞生物学研究所)

この度、日本RNA学会の推薦をいただき、平成29年度文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞することができました。塩見会長をはじめ評議委員のみなさま、ご推薦いただいた先生方、庶務幹事の相馬さん、これまでお世話になった会員のみなさまに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。学生の頃から今日までRNA学会に育てていただいた身としては、今回の受賞でようやく少しだけ恩返しできたのかなと、喜びよりも安堵の気持ちを感じております。

さて、先日の富山でのRNA学会の際に、編集幹事の北畠さんから受賞に関連して会報に何か書いて下さいという依頼を頂きました。その場では軽い気持ちでお受けしたものの、私には特に面白い武勇伝もありませんし、秘伝の実験やこだわりの哲学があるわけでもありません。飽きっぽい性格もあってこれまで5つのラボにお世話になり、microRNAをやっていたかと思えば最近コドンやtRNAに興味が移るなど、いまだ足元も定まっていません。ただラボを点々としたおかげ(?)で、多くの個性豊かな研究者に巡り会う機会に恵まれました。また自分の研究人生の転機にはいつもすばらしい師との出会いがありました。そこでこれまでお世話になって人への感謝を込めて、自分のこれまでの自分のキャリアを振り返ってみたいと思います。

私とRNAとの最初の出会いは2000年、大阪市立大学理学部の学部生時代になります。当時アフリカツメガエルの生殖細胞形成を研究されていた池西厚之先生の研究室に配属された私は、VasaというRNAヘリケースが生物種を超えて生殖細胞で発現しており、生殖細胞のマーカーとして使用されていることを知りました。しかしDNAならともかく、RNAヘリケースなんて授業では聞いたことがありません。池西先生に「Vasaって何をしているんですか?」と聞いてみると、「Vasaは生殖細胞のRNAをほどくんや」とのこと。さらに「なんでRNAをほどくのが生殖細胞に重要なんですか?」と聞くと、「それはまだわからん」とのお答え。発生生物学= 転写制御というイメージがあった当時の私にとっては、「RNAの制御が生殖細胞にとって重要(しかもなぜかわかっていない)」というのは非常に新鮮で、この時の会話が私がRNA研究に進むきっかけとなりました。何気ない一言を通じて私をRNAに引き合わせてくれた池西先生には大変感謝しています。最近、Vasaのヘリケース活性がpiRNA生合成に必要であることが明らかになりつつあり(Xiol et al., Cell 2014)、当時の「それはまだわからん」が今まさに解けようとしているのは感慨深いものがあります。

このVasaの話をきっかけに、生殖細胞とRNA制御に興味を持っていろいろ調べてみると、奈良先端科学技術大学院大学(以下奈良先)にいる井上邦夫さん(現神戸大教授)がゼブラフィッシュで生殖細胞の研究をしていること、井上さんは元々スプライシングの研究をしていてRNAの専門家であることが分かりました。都合のいいことに奈良先は自宅から30分ほどの距離でしたので、実際に井上さんを訪ねてみると、非常に気さくかつ丁寧に私の質問に答えて下さいました。そこですぐに大学院の進学先を奈良先に決め、井上さんが助手をしていた安田國雄教授の研究室でRNAと生殖細胞の研究に取り組むことになりました。当時の安田研は助教授に高橋淑子さん(現京大)、助手に井上さんと帰国したばかりの影山裕二さん(現神戸大)という非常に「濃い」陣容で、学生も個性的な人材が集まっており、いろいろな意味で大変エキサイティングな研究生活を過すことができました。特に高橋淑子さんに発生生物学者の凄みを間近で見せていただいたこと、影山さんに適度に鼻っ柱をへし折っていただいたこと(今でもたまに)は大変ありがたかったです。そんな中、井上さんの指導法は「面白いネタは与えるけどあとは好きにやれば良い」というスタンス(私の勝手な解釈です)で、これが私の性格に合っていました。しかし今思うと、「好きにやれば良い」の部分は井上さんに絶妙にコントロールされていたのだと思います。例えば自分なりに考えた実験のアイデアを相談しにいくと、井上さんの反応はだいたい「いいんじゃない」か「やってみれば」のどちらか。ただ後者の時はいまいち反応が薄く、「何か足りないんじゃないか、もう少し考えようか」という気にさせられます。さらに時々「三嶋さんが面白いと思うなら良いよ」という時があって、これには「俺は全然面白いと思わないけどな」というニュアンスが込められていたように思います。こんな感じで、常にこちらにボールを渡して試行錯誤させつつ、本質を見誤らないように最低限の軌道修正する指導法は、当時はまったく気づいていませんでしたが、相当な高等技術です。自分が学生を指導する立場になって改めて、井上さんの懐の深さと気長に育てていただいたありがたさを感じています。さらに井上さんと一緒に神戸大に移ってからは、教授の坂本博さんに研究者に必要な気合いを注入していただき、当時助教だった藤原俊伸さんには求道心と萎えない心を実際に見せていただきました(写真1)。たくさん遠回りもしましたが、奈良と神戸で多くの研究者の強烈な個性にさらされながら自分の土台を作ることができたことは、今では私の大きなアドバンテージになっています。最近では大学院で環境を変えることは珍しくありませんが、もし今進路で悩んでいる人がいたら、個性的な研究者が多いところに進むようにお勧めしたいと思います(ただし結果については責任は持てませんのであしからず)。


写真1 神戸大学大学院時代。前列で坂本さん(左)と藤原さん(右)に挟まれているのが筆者。後列中央が井上さん。

その後紆余曲折をへて、2005年のD3の春になってようやく、ゼブラフィッシュでは受精後にnanosというmRNAがポリA鎖の短縮を介して分解されるという論文を作成する目処がたちました。しかしここでまさかの単位履修ミスが発覚し、どう足掻いても学位取得が半年遅れるというマヌケな事態に陥ります。ただもともと年限内の学位取得は厳しいペースだったので、それほど落ち込むこともなく、むしろ時間に余裕ができたことをこれ幸いと、ドイツのドレスデンで開催されるZebrafishGenetics and Development Meetingに参加することにしました。ここが私の研究者人生で一番大きなターニングポイントでした。ミーティング会場でポスターを貼って、ちょっとうろうろしてから戻ってくると、早くも私のポスターを顔がつきそうな距離で見ている人がいます。恐る恐る声を掛けてみると、内容をひとしきり褒めた上で、「論文はもう投稿したのか?分解のシス配列は決まってるけど制御因子は分かっているのか?」と質問が続きます。きっとこの人は競争相手だ、ここで引いては負けだ、と思った私は、「学会から帰ったらすぐに投稿する。制御因子はもういくつか候補がある。」と精一杯のハッタリをかましました。すると彼はニヤっと笑い、自分がmiR-430というmicroRNAの研究をしていること、nanosは網羅的に同定したmiR-430標的リストに入っており、私が決定したシス配列はmiR-430の標的配列と一致すること、しかし彼らはポリA鎖の短縮については全く気づいてなかったことを教えてくれました。さらに彼は、事態を飲み込めずにいる私に「共同研究をしないか」と持ちかけてきたのです。これが私のポスドク時代のメンターとなるAntonio Giraldezとの最初の出会いでした。はじめはそんな上手い話があるものかと半信半疑でしたが、結果的にこの共同研究はとても上手く進み、microRNAがポリA鎖の短縮を引き起こすこと、nanosの制御因子がmiR-430であることを報告することができました(Giraldez et al., Science 2006; Mishima et al., Curr Biol. 2006)。このおかげで私は半年遅れながら無事に学位を取得し、さらにタイミングのいいことに、ちょうどYaleにラボを持つことになったAntonioの元にポスドクとして移ることになりました。(この辺の話はncRNAネオタクソノミのブログにも書かせていただきました: https://ncrna.jp/blog/item/296-passport-to-the-future)。Antonioは非常にオープンな性格で、私と歳が3つしか違わなかったこともあり、ボスというよりは兄のような距離感で付き合ってくれました。兄弟ゲンカもしましたが、気分屋でマイペースだった私に妥協せず全力で走ることを教えてくれたAntonioには、いくら感謝しても足りません。もし単位履修ミスをしていなかったら彼と出会ってなかったわけで、人生とは本当に何がどう転ぶかわからないものです。Antonioとは共同研究者や師弟関係だけでなく、最近では競合相手にもなり、それらの論文が今回の受賞に繋がるという不思議な縁が続いています(写真2)。


写真2 京都 金閣寺にてAntonioと。

日本に帰ってきてからは、泊幸秀さんが代表を務めた新学術領域研究「非コードRNA」にmiRNAに関する研究で参加したこともあって、泊研に助教として参加する機会をいただきました(写真3)。泊研と言えばsmall RNAの生化学ですので、加わった当初は果たして自分でよかったのか悩む日々でしたが、着任時に泊さんが「ゼブラフィッシュで好きなRNA研究をして下さい」と言ってくれたのを文字通りに受け取って、思い切ってmiRNAとは全く別の研究をスタートさせることにしました。最初は科研費も得られず不安なスタートでしたが、民間助成金をつぎ込んでかけたRNA-seqが功を奏し、2年ほど経ったところで運良く、ゼブラフィッシュ初期胚でのmRNA安定性がコドンによって規定されていることを見つけました。このデータを見た泊さんは「三嶋さんは引きが強いねえ」と一言。その時に、これまでの様々な偶然の出会いを思い出しながら「引きだけは自信があります」と答えたのをよく覚えています。ただやはり世の中うまくいくことばかりではなく、直後に出芽酵母のJeff CollerらのグループからコドンとmRNA安定性に関する論文が発表されてしまいます(Presnyak et al.,Cell 2015)。まさに三日天下。結局私の論文はCollerたちから1年遅れてしまったのですが、泊研で始めたプロジェクトがコドンによるmRNA安定性の制御という新しい概念に繋がったという点では、自分でも満足しています(Mishima and Tomari, Mol Cell. 2016)。ひょっとしたら泊さんは、ゼブラフィッシュで好きな「small RNA」研究をして下さい、というつもりで私を呼んでくれたのかもしれません。泊研に加わってmiRNAと違う研究を始めたにもかかわらず、惜しみないサポートをしてくれた泊さんには本当に頭が上がりません。コドンを読むのはtRNA、そしてtRNAもsmall RNAですので、今後この研究を発展させるということでお許しいただければと思います。


写真3 東大 分生研の泊研究室。中央が泊さん、右端が筆者

改めて振り返ってみると、今回の受賞を含め、運と人との出会いで乗り切って来たような十数年です。その中で、井上さん、Antonio、泊さんという3名の素晴らしい研究者に師事させていただけたこと、さらにRNA学会の中でみなさまに鍛えていただいたことは私の唯一の自慢です。そんな私の研究人生も、そろそろ運と出会い任せだけではやっていけないステージに差し掛かってきました。今後はコドンとtRNA、リボソームを新たな研究テーマとして、相棒のゼブラフィッシュとともに独り立ちできるよう、一層の努力していく所存です。みなさまこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

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