<走馬灯の逆廻しエッセイ> 8. さよならマリリン:「KozakルールとリボソームScanningの発見」

古市 泰宏

タンパク合成へ、mRNAの読み枠と開始はどうして決まるのかの謎

タンパク合成の開始に際して、メッセンジャーRNA(mRNA)がリボソームと結合するためにはキャップ構造が必要であることはわかった(第5話)。そして、その結合に際しては、キャップ結合タンパク(eIF4E)がmRNAをリボソームに結合させるために必要であることもわかった(第6話)。しかしながら、そのあとがハッキリしない。mRNAの5′末端に結合したリボソームは、どの様にして、タンパク質を作る最初のシグナルであるAUGコドンへ正しく辿り着くのであろうか? これが謎だった。

タンパク合成の初期コドンであるAUGの位置は、mRNAによって違う。キャップのあと、最初に現れるAUGは、たしかにスタートサイトとして最有力候補であるが、必ずしも、そうではない。

第一、リボソームはキャップに結合して、そのあとどのように、移動するのだろうか?

第二に、AUGは幾つもあるとして、その中から、正しい読み枠のスタートになるAUGをどうやって選ぶのであろうか?

これらの謎を解いたのが、この稿の主役マリリンKozakである(図1)。


図1:タンパク合成開始における(A)スキャンニングモデルと(B)コザック配列

コザック配列では、AUGの周囲の配列が、例えばAcc-AUG-Gcであれば、タンパク合成のスタートになりやすいことを示している。

マリリンの答えを図1に示すが、第1の質問については(A)「リボソームのRNAスキャンニング」であり、第2の質問への答えは、皆がそう呼ぶようになった(B)「Kozakルールに合致するAUG」だ。有核細胞のmRNAは、m7Gキャップを5'末端に持ち、ほとんどのmRNAはモノシストロニック(monocistronic)である――つまり、一本のmRNAからは一種類のタンパクしか作られない。他方、バクテリアのmRNAではキャップはなく、長いmRNAから、複数のタンパク質ができるような仕組みになっている。有核細胞の場合、40Sリボソームは、mRNAの中のAUGとマッチするアンチコドンを持つ転移メチオニンRNA(tRNA)と合体し、キャップ結合タンパクeIF4Eの力を借りてmRNAの先端部へ結合し、そのあとは、mRNAの配列をスキャンしながら進む。

障害となる2次構造があっても、eIF4Eと結合したRNAヘリカーゼeIF4Aが(ATPをエネルギーを使って2次構造を開きながら)ーー多分、ラッセル車が雪をどけるイメージでーー進むのであろう。

ヘアピン様の2次構造があれば、スキャンニングのスピードは遅くなるため、タンパク合成に時間がかかることになる。中には、細胞増殖の調節を行うc-MycのmRNAなどのように、猛烈に難しい2次構造があるため、尋常なスキャンニングではリボソームは開始コドンのAUGに到達できないものもあろう。その場合には(ウイルスとちがって)細胞のmRNAでは珍しいことであるが、IRES構造(第7話で紹介)を使ってタンパク合成が行われると思われている。さて、リボソームは、スキャンニングの途中でAUGと出会うと動きを止めて確かめる。具合の悪いAUGであればパスし、周囲の塩基配列が「具合の良いAUG」に出会うまで進む。そして、そこで落ち着き、60Sリボソームを引き寄せて合体し、80Sリボソームとなり、そこからタンパク合成が始まるのである。イニシエーターAUGの周囲の塩基配列については、マリリンは900種類ほどの多くのmRNAの例を調べて、あるいはまた実験的に作って確認して一定のルールを見出した。それが「Kozak配列」あるいは、「Kozakルール」と呼ばれている配列である。図1Bに示すような(A, G)CC-AUG-Gcであれば良いとされる。

マリリンはこれらの研究成果を、Shatkin研究室のポスドクとして、レオウイルスmRNAを使って得ている。レオウイルスは10本のmRNAを作るが、グリセロールの密度勾配超遠心で3種類のサイズ(L, M, S)へ分けることができる。彼女は、トリチュームでラベルしたSAMと放射性燐酸で標識したヌクレオチドを使い分けて、筆者が以前に発表した方法で(メチルが有り無しを含む)合計6種類のウイルスmRNAを作って実験に用いた。小麦麦芽(Wheat germ)のリボソームと混ぜて、GTPアナログのGMPpCpや、Sparsomycinというリボソームの移動を抑える試薬を加えてインキュベートすると、リボソームはmRNAへ結合して止まる。そんな状態のmRNAへリボヌクレアーゼを加えてRNAを分解するとリボソームに結合している箇所のRNAだけが分解を免れるので、保護されたRNAの配列を調べることにより、リボソームがどこにいたのか知ることが出来る。マリリンはこの作業を、実に緻密に、かつ正確に行い、スキャンニング仮説へ至る膨大な量のデータを集め、説得力ある論文を三本書いた54-56。最後のNature論文56はマリリン単名だーー喧嘩して、単名で論文を書いたわけではない。「マリリン、見事だ。君ひとりで出したらどうだ」と、アーロンが勧めた。

筆者はマリリンからスキャンニングやこのKozakルールのアイデアを聞いた時、永年の疑問が氷解し、スッキリして嬉しかった。昔、学生のころ、ワトソン・クリックの2重らせんの論文を読み、遺伝子暗号が「DNA→RNA→アミノ酸→タンパク」と解読されることを知って興奮した時からずっと抱いていた疑問ーー何処から始めるのだろうーーが、ここで解けたので、嬉しかった。しかも、何ということだろう、隣の部屋で、しかも私のアドバイスも多少加わって、この謎の一端が解けたのだ。RNA研究をやって「良かった」と思った時だった。

そのマリリンだが、教科書にも載る素晴らしい研究成果と概念を残して、サイエンスを去ってしまった。誠に残念に思う。そのようなことで、現在、筆者が「最もマリリンを理解している生存者である」と思うので、この稿では発明・発見のエピソードだけではなく、主役マリリンのプロフィルについても書き残しておきたい。

<脱線>不良mRNAの分解

ただ、この問題の根は深く、複雑で、マリリンの発見が、ーー簡単に喜んでばかりはいられないことがーー、その後、わかってくる。たとえば、インフルエンザウイルスのmRNAではーーウイルスはキャップ欲しさにーー細胞のいろんなmRNAから、キャップを含む短い25字を切り取り、自分のmRNAの頭に付けているが(第4話)、その場合、ウイルスmRNAのコドンの読みわく(フレーム)と違うタンパク合成のスタートにもなるかもしれない。もしそうなると、ウイルスの正しいタンパク合成は出来なくて、短い不良品のタンパクしかできなくなってしまうはずである。正しく読まれないと、リボソームはすぐに終始コドンのUAGやUGAと出会うことになり、“短い不良品タンパク”を残して、タンパク合成は終わる。一回で終わるだけでなく、放っておくと、そんな不良mRNAは、またぞろ、リボソームと結合し、過ちを繰り返すことになるので、そのような早期終結(Premature termination)という忌々しい事態を起こす不良なmRNAは分解して除去しなければならない。実際、そのような精妙な作業をする「ナンセンス変異依存mRNA分解機構」(NMD)という仕組みが、この稿の話題から約20年後に判り、40年後の現在に至ってもそのメカニズムを探る研究は続いている。そのNMD発見エピソードに関しては別の稿で紹介したい。

<脱線>壮絶な論戦

もう一点、マリリンのスキャンニング仮説は、キャップ依存的なメカニズムであるが、すでに第7話で書いたように、野本さんのポリオウイルスのように、キャップがないmRNAがその後に出てきた。その上、キャップを持つmRNAであっても、ストレス時や細胞分裂の際には、キャップを介さないでリボソームがmRNAの内部に結合してタンパク合成が始まるという論文も出てきて、マリリンはこれらの著者との論戦に、10年ほども費やすことになる。彼女は、スキャンニング仮説とKozak配列に関する主張を補強する論文を、2000年までに少なくとも15報の論文を、トップレベルの科学雑誌に発表している。いずれも、単名での発表である。文献検索のPubMedでご覧になることを、お勧めする。大きなグループで、たくさんの研究者が集まって行うチーム型研究が通例になっている昨今、独りで行うマリリン型の研究は、今後、生物学領域では無かろうと思われる。

スキャンニング仮説とKozak配列の発見の裏に

1976年、私の留学期間も2年を超え、帰国の時を迎えつつあった。ただ、米国の大学からのオファーが複数あり、気持ちは揺れていた。留学して2年程度で、日本から来た若い研究者が独立した研究室をオファーされるケースは滅多にない。そんな貴重な機会を断るのは惜しいと思っていた。そんな矢先、「他へ行くなら、留まってくれないか、オフィス付研究室に、テクニシャン1名とポスドク1人をつけるから」という研究所長からの具体的な提案があった。筆者は、日本統治下の朝鮮で生まれ、戦後富山市へ引き揚げて育ち、東大で核酸を学び、三島の遺伝研へ就職してきた。西へ西へと流れる人生をやっているのだ、まるで、流れる雲のようだ。悩んだ末に、よし、ここはしばらくロシュ分子生物学研究所(RIMB)に留まって、研究を続けようと決心した。家内も同意してくれた。三浦謹一郎先生には申し訳ない決断だったが、最終的には許して頂き、アーロンとキャップに関して共同研究を続けることにした。実際、キャッププロジェクトを持ち込んできた以上、所帯も大きくなり、抜けられない状態でもあった(写真2)。郷里の母と祖母には、「もう少し、米国で研究を続けさせてほしい」と頼んで、勘弁してもらった。大きな決断だった。


図2:Furuichi / Shatkin 研究室の面々

(前列左端に筆者、右端にShatkin、2列目左端にFillipowiczがいる、右端モーリンだ。残念だが、マリリンの姿はない)

この稿で紹介するマリリン(Kozak)は、その頃からの付き合いである。彼女は「素晴らしい仕事をした」と筆者は高く評価しているが、他では、彼女の評判はすこぶる悪い。もう、伝説的になっているようであるが、それは大部分が誤解である。マリリンは常に研究に真摯に向き合い、妥協しないから、対人関係ではとかく激しくぶつかり、外にも内にも敵を作ってしまう。未熟な実験や、そこから派生する楽天的な論文や結論に対して容赦しないから、敵をつくる。実験室内では、器具や試薬の管理に関して、同僚やテクニシャンとの確執が続き、「意地が悪い」と思われる。そんな話が、面白おかしく広がり、伝説を作ってしまったようであり、誠に残念である。ここではマリリンとの思い出から、少しでも彼女への誤解が解けることを願っている。マリリンが写っている集合写真などを捜してみたが見当たらない。同僚と写真に写ることも好きではないから、来ないのだ。インターネット上には4枚のマリリンKozakの写真が載っているが、一枚は正解だ。マリリンKozakという名は結構よくある名前らしい。

マリリンの、1対87の壮絶な論戦・我が闘争

研究者の仕事が物事の理(ことわり)を解明することであるとすれば、マリリンKozakほどその職能に合致する人は少なかろう。しかし、世間のマリリンへの評判は非常に悪い。それは、一つは、スキャンニング仮説以外に、IRES(internal ribosome entry site)を経由してタンパク合成を始める場合もあるという仮説が出てきて、その根拠となるデータが弱かったり、それにもかかわらず、安易に仮説を構築して行く研究者達への、純粋な彼女の嫌悪感が原因の一つになっている。

マリリンは、2000年を超えてからは、「Reinitiation of translation in mammals」の話題に関して、激しい論戦を2008年頃まで続けている56-62。論戦の相手は、かっての同僚のナフムSonenbergを中心とする87名からなる大軍団であり、彼らは署名して、同盟を結んで、Mol. Cell Biol.誌上や学会でマリリンとの論戦を繰り広げた。マリリンの実験は、技術的に正確で、再現性もある。一方、これに対して、87名の大学者とはいえ、実際に手を動かして実験している人はなく、大抵は学生やポスドクがおこなう実験データに基づいた論戦になる。マリリンの論法は、IRESの活性が低いこと、IRES認定の条件が甘いこと、などなど、自分で実験して確認するので強い。筆者はこの論戦に決着がついたとは思わないが、その後、この論戦のお陰で、実験条件やコントロールの取り方、さらにはデータの解釈にも、マリリンが主張する高いハードルで研究を皆が考えるようになって良かったと思っている。

この稿を書くにあたって、論戦の模様を調べてみた。すると、実験の組み立てや、データの解釈に関して、彼女の厳格な判断からすると「不完全で、認められない、論文」が、なし崩し的に増えてゆき、結論が定着してゆく現状を「黙って見ていられない」という心理から、彼女は果敢に戦っていることが判った。多くの研究者を相手に闘うことが、多数決主義の昨今、悪評が広がったことの原因ではなかろうか。論争の過程で、(87人の中には旧同僚もいて)マリリンが如何に周囲をかえりみず、独善的に実験を進めてきて、そのため、「周囲が迷惑して、いじめられた」という噂が尾ヒレをつけて広がったということもあるのではないかと筆者は思う。

ーーたとえば、「再現性のため、同じ超遠心機と、同じローターをキープしたくて、予約表での取り合いを避けて、何日も前から低速で廻し続けて、他人に使わせない、とか」(ーー遠心機は、他にも多々あったのだがーー)、「リボヌクレアーゼを不注意に持ち込まれないために、ベンチやドアノブをさわらせない、とか」、すべからく実験中心のことなのだが、それが近場での争いだったーー。大論争については、Mol.Cell Biol.誌上のものが有名だが、世界に名の売れた研究者87人を相手に一歩も引かず一人で論陣を張ったマリリンに「よく闘った」と喝采を送りたい。87人がからむ論文を、ことごとく論破するのである。記憶力と分析力、そして文章力は、並の能力では、真似のできることではない。筆者には、マリリンが、多くの人が天動説を信じる中で、地動説を唱え続けたガリレオにも似た天才ではなかろうかという気がするのである。論戦中、彼女は面白いことを書いている:「シャーロックホームズが言っている。犯罪現場で9人の目撃者が口をそろえてAと言い、1人がBと言うなら、正解はBである可能性が高い」ーーと。

この論戦の頃、筆者はすでに帰国し、mRNA研究から離れていたが、ある日アーロン(Shatkin)から一通のメールを受けた。「マリリンが精神的に参っているようだ。何か彼女を鎮めて、慰める方法はないだろうか」だった。そこで、筆者はマリリンにメールした「日本へ来て、私の研究室で、6か月間のサバティカル休暇を取らないか? 相談したいこともあるし、歓迎するよ」と。すると、マリリンからすぐ返事が来た「招待有り難う。だけど忙しくしているから、2泊3日の講演旅行なら何とかするが、今は忙しくて行けない、相談ってなに?」との返事だった。私は、「ああ、これはもうダメだ」と思った。

ーーまた別の機会に、渡米してアーロンを訪ねた日があった。二人で、マリリンを訪ねようかということになり、電話をしたが、出ない。取りあえず二人で校内を横切って、彼女の研究室へ様子を見に行ってみた。鍵がかかっていた。だが、マリリンは中に居た。大きな研究室に独りだった。我々を見て、ワッとばかりに話をはじめたが、それがどうにも止まらない。研究の事、学内の事、論戦のこと、予算の事、政治のことまでもーーそう、よほど溜まっていたのだろう。我々は黙って彼女の“くりごと”に相槌を打つばかりだった。

そんな、ストレスと論戦に疲れたのであろうか、マリリンは、それから数年後、Robert Wood Johnson Medical School(RWJMS)大の生化学講座の教授職を去り、そして「科学」からも去った。「美術」へ転向する由、言っていた、とアーロンから聞いた。この稿を書くにあたっても、マリリンを探しているのだが、消息はつかめない。是非とも会いたいと思っている。

マリリンとの思い出

筆者はマリリンと同じ研究室で2年間を一緒に過ごしている。良い間柄だったが、彼女は、ポスドクやテクニシャンともめ事が絶えなかった。そんな中でも、マリリンは素晴らしい研究成果を出し続けた。まるで、周囲とのいさかいをエネルギーにして研究をしているような感があった。その2年間は、ボスのアーロンが彼女にとって雇い主である父親とすれば、筆者は兄貴のような存在であったかもしれない。ある時、私との気の置けない会話の中で、マリリンは言っていた、“I married to Science” 「私は科学と結婚したのよ、だから、それが一番大事なの」。つまり、研究に全身全霊で打ち込んでいるので、周囲の問題は気にしないということだった。

彼女の発表論文は、全て一流の雑誌のレビューをクリアして発表される。そして、彼女が独立してからの論文は、全て、シングルネームだ。マリリンが独立する前には2名の著者で、10報ほどあるが、相手はNathans, Roizman, Shatkin そして私の4人だけだ。マリリンは、書いてよし、話してよし、講義も素晴らしい、大舞台で話すときは聴衆を魅了する。実験は完璧、注意深く、間違いはしない。テクニシャンやポスドクはあてにならないから、要らない。だから、論文はシングルネームにならざるを得ないし、全部自分でやるから Ackowledge (謝辞)する人もない(ーー筆者は例外的に、感謝されている論文がある)。そんなだから、彼女は、とかく研究室では周囲とうまくゆかないことが多く、浮きあがってしまうのである。後年、有名研究者として、ニューヨーク大、ピッツバーグ大、最後にRWJMS大など有名大学の生化学の教授をつとめた彼女が、寛容と思われる大学環境の中でも“居づらい”ことがあったと見え7~8年に一度は大学を変えている。普通、良い研究成果が続けば、多くの弟子に囲まれ、一つの大学に長く務めることになるはずであるがーー惜しいことに、マリリンはそうではなかった、教授会でもあまりうまくゆかなかったのかもしれない。ただそんな中でも、NIHの研究費(グラント)を確実にとり、珠玉の論文を発信し続けた。最後の大学はアーロンが作ったCABN研究所と同じ敷地にある大学だ。アーロンが心配して彼女を呼んだのであろうが、そこでもうまくゆかなかった。この稿では、マリリンの発見について紹介したが、彼女の特異な研究者像について、もう少し、紹介したい。若い研究者の皆さんには参考になるかもしれない。筆者は、彼女のファンであり、たくさんの思い出があるので話は長くなるかもーー。

天才マリリンの研究バックグラウンド

アーロンと筆者は常に彼女の保護者であり続けたし、彼女も我々二人には心を開いてくれていた。稀有なことであるが、筆者は日本語の論文レビュウを、マリリンと共著で「蛋白質・核酸・酵素(1977)」へ書いている。蛋白質合成に関する研究の最先端を日本へ知らせる学会レポート「International Symposium on Protein synthesisに出席して:古市泰宏 Kozak Marilyn (1977)」63だ。この学会見聞記は、彼女が「キャップのタンパク合成に及ぼす影響とそのメカニズム」をテーマにして研究を始めたので、それに関する最先端情報を仕入れようということで、NIHで開かれた国際シンポジューム(招待者限定)へ申し込んで許可され、車で出かけた。筆者は、アーロンの代理として、このシンポジュームで発表したが、マリリンの研究に役立つと思ったので彼女を同伴した。このシンポジュームには、日本からは東大医科研の上代淑人先生が来ていられ、他にはRIMBからペプチド伸長因子eIF2の研究をしていたオチョア先生も出席されていて、マリリンには良いデビューになった。

NIHへの4時間ほどのドライブの途中、色々話したが、マリリンが大学を出たのち、國際青年協力隊事業で、教師としてアルゼンチンの小学校で英語を教えていたことを知った。研究者としては変わった経歴である。そのあと、生物学の研究に興味を持ち、教師時代に貯めたお金で大学院へ進むべく決心し、米国へ戻り、ジョンホプキンス大のダンNathans(写真:後に、SV40のDNA研究で1978年ノーベル医学・生理学賞を受賞)の門を叩いた。ダンはやさしい父親のような人で、彼女の才能を伸ばすことに成功した。ダンの研究室では、マリリンはMS2ファージのタンパク合成の研究で学位を取っている。論文発表はKozak & Nathans連名の、Nature誌と J.Mol.Biol.誌2報だけだが、立派なのは、MS2ウイルス研究を広く見渡すレビューを書いていることだ64。のちに、マリリンが引き起こすタンパク合成の論争の中で、彼女がポリシストロニックなmRNAについて論拠が強いのはここでの経験による。そのあと、マリリンはウイルスに興味を持ち、シカゴ大学のRoizman博士の研究室で最初のポスドクの期間(2年間)を過ごしている。ここではヘルペスウイルスのRNA合成(転写)の研究を行い、Kozak & Rozman連名の論文2報(PNAS誌、J. Virology)と、ここでも、レビューを発表している。

どうやら、マリリンの研究態度は一人でやることであり、論文発表についても、二人以上の著者からなるものは大学院学生時代を通してもない。その後、同じユダヤ系仲間のアーロンの研究室で、2度目のポスドクを始めることになる。彼女の正確な年齢は知らないが、多分私より5~6歳ほ若いだろう。黄色いフォルクスワーゲン(ビートル)に乗っていたが、これが小柄な彼女には良く似合った。ある雪の日、マリリンに誘われ、その暖房の利かない彼女の黄色いビートルで仮装パーティーに行ったことがある。白いシーツを被った幽霊のコスチュームで参加したのが懐かしい思い出だ。もう一つ、この稿を書きながら、筆者に次男が誕生した時、マリリンはお祝いに黄色の産着を送ってくれたことを思い出した。マリリンはこのように優しいところもある女性だ。よく悪評される、意地悪な魔女(witch)では決してない。

父親代わり、ダンNathansのこと

研究を志してから、マリリンはダンNathans、Bernard Roizman、アーロンShatkinという3人の優秀なユダヤ系科学者の研究室で育った。米国社会に脈々と根を張るユダヤ系の科学者世界の縁の深さ、強さには目を見はるものがある。

マリリンが、如何にたくさんの論文を読んでその内容を正確に記憶していることについても瞠目させられるのであるが、面白い方法で文献を整理していたことを思い出した。1977年頃はまだパソコンはない。彼女は、襖のような大きな紙、縦1m x 横1.5mほどの白紙に線を引き、3 cm x 5 cm角のブロックをたくさん作り、その小さな枠内に小さな字で文献・著者・内容を書き込むのである。一度、ある論文について聞きに行ったら、ーーあっという間に、その襖から答えが返ってきた。

マリリンの育ての親、ダンNathansは、1978年のノーベル生理学・医学賞を、SV40ウイルスの遺伝子マッピングの功績で、受賞することになるが、その5~6年前に、ダンは大学院生マリリンに科学への入門を指導している。そのダンと、1976年6月、筆者は、思いがけなく、ニューハンプシャー州でのゴードン学会、Tiltonハイスクールのシャワー室で出会った。二人だけだった。米国のシャワー室は日本と違い大部屋だ。10畳間くらいの部屋の壁3面に、10個ほどの蛇口が並んでいて、中央を向いて、シャワーを浴びるーーもちろん、スッポンポンだ。ーーすると、湯煙の向こうから声が聞こえた「I know you Yasuhiro. I am Dan」、「Why not have a Beer after this」それが、ダンNathans先生だった。マリリンから私のことを聞いていたのであろう。これをきっかけにお近づきになることが出来た。静かに、話を聞いて下さるだけの方であったが、お会いすると、不思議に勇気が出る方だった(図3)。


図3:Dan Nathans 博士

マリリンを育てた父親のような科学者だった。

マリリンもそのような魔法にかかったのかもしれない。ーー縁というのは不思議なものである、このダンが、2年後には第7話で紹介したスイスのウエルナーArber先生と一緒に1978年のノーベル生理学医学賞を取ることになる。そして、その後、ダンは、RIMB研究所のアドバイザーになり、筆者は、毎年お会いして、研究の進展を聞いてもらうことになるのであるからーー。(了)

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