キャップ依存タンパク合成の発見

高等生物のウイルスメッセンジャーRNA(mRNA)がメチル化されていて、その頭にm7GpppNm-という特殊な構造があることが、1975年1月、Nature誌6、PNAS誌(Furuichi/Shatkin7, Wei /Moss8)、FEBS Lett. (Urushibara et al.29)で報告されてからは、世界中のmRNA研究者やタンパク合成に興味を持つ研究者には一斉に火が付いたようであり、ここでもスリリングな研究競争が始まった。mRNAキャッピングについては、それがどの様にして作られるのか、タンパク合成以外にも、どのような機能を持つのか疑問点はあったが、最も興味を集めたのは「タンパク合成への影響はどうなのか?」という点であったので、そこから始めたい。

誰もが自分の持っているタンパク合成システムで、mRNAのタンパク合成能力を調べ始めたのである。タンパク合成系としては、小麦胚芽抽出液(wheat germ extract)、アルテミア・エビ抽出液(brine shrimp extract)、マウスL細胞やヒトHeLa細胞の抽出液、ヒト網状赤血球抽出液(reticulocyte extract)や、後に筆者が採用したアフリカツメガエル卵母細胞へのマイクロインジェクション(micro-injection)などがある。その研究のやり方は色々違ったが、各自が思い思いの方法でmRNAの5′末端構造へ変化を加えて実験を行った。その方法としては以下のようなやり方があった。

(1) レオウイルスやワクシニアウイルスなどウイルスのシステムを持ち、in vitroでmRNAを調製できるグループは、SAM(S-adenosyl-L-methionine)を入れるとメチル化したキャップをもつmRNAができるという筆者の論文2をみて、また、その後にメチル化の阻害剤であるSAH(S-adenosyl-L-homocystein)をSAMの代りに入れるとRNAはメチル化されないというShatkinの論文30に従い「キャップを持つRNA」と「持たないRNA」を作った。

(2) 細胞から抽出したmRNAについて調べるグループは、三浦らの論文1や過ヨード酸酸化とアニリン処理によるβ―eliminationという化学反応でキャップの端にあるm7Gのリボースを外す方法により「キャップを持っていると思われるRNA」から「持たないRNA」を作って実験に用いた。

(3) あるいは、mRNAには関係なく、キャップ構造の一部であるm7GMP(7-Methylguanosine 5′-Monophosphate)をーーキャップの模造品としてーー1mM程度の高濃度で加えるとHeLa細胞のセルフリー・タンパク合成が抑えられるというCorrado Baglioniの方法を使うグループもあった31

この3番目のBaglioniの方法31は、我々の研究所からさほど遠くないニューヨーク州立大(NY州、Albany)で発見された方法である。市販のm7GMPを買って加えればよいので、誰にもできる、安直な良い方法である。Baglioni博士にとってこれは大ヒットであり、彼はこの発見で一躍名を上げ、あちこちのセミナーや学会などで、発表して回った。論文も、Nature誌とJBC誌に発表している。一方、キャップを最初に報告したShatkin研究室では、なまじ(1)と(2)の技術があるため、m7GpppGなど完全な形のキャップ・オリゴを阻害剤として使う「高価で、手のかかる」方法で研究を進めていたので、Baglioniのm7GMPを使うやり方には「一本取られた!」という感があった。そして、元祖キャップの研究室の面々には、「やられた」という悔しさが残り、Shatkin研究室ではしばらくm7GMPを使うことがなかった。しかし、このBaglioniの方法は、後に、この悔しさを知らない若いナフムSonenberg博士が入ってきて、タンパク合成初期因子中にキャップ結合タンパク(Cap binding protein: CBP)を見出す際に、何の抵抗もなくm7GMPを使い、これが大いに役立つのであるから面白い。 

たった一個のメチル基が、巨大なmRNAを活性化する驚き

1975年5月のNature誌のNews and Views32には、キャップの発見が報じられてから、僅か3か月しかたっていないのに、はやくも「メチル化されたmRNA」は「メチル化されてないmRNA」にくらべタンパク合成能力が著しく高いという最新ニュースが載せられていて、その進展の速さには驚くばかりである。5月と言えば、HeLa細胞のmRNAがキャップ構造を持つことを示したDarnellとのPNAS論文12が出たばかりでもあった。また、このNews and Viewsには第1話では紹介しなかった遺伝学研究所・三浦研究室と北里大薬の共同研究による、日本からの、もう一つのmRNAのメチル化を報じる論文――ワクシニア・ウイルスのmRNAのメチル化とキャップ構造を報じる論文(漆原ら29)――が出ていて、激しい研究競争の中の「論文の洪水」の中で、日本からの発信が無視されているわけではないことが分かり嬉しかったが、Nature誌の論説委員の頭の中では、すでに、mRNAのメチル化や、5′末端のキャップ構造(この時点まだCapのニックネームすらついていない)については「すでに過去のことになっている」ようであった。実際、5月だけで、Shatkin研究室からは、「mRNA末端のm7Gがタンパク合成に必要である」という論文がNature誌33とPNAS誌34へ出ていて、10月にはCell誌35がin pressという具合であり、それらの情報は口コミで広がっていた。

オーストラリア人ポスドクのジェリーBothの実験台は私の隣で、彼は、小麦胚芽抽出液を使ってレオウイルスやVSVのmRNAのタンパク合成能を調べていたが、「メチル化されているmRNA」が「非メチル化mRNA」の10倍以上もタンパクを作るという最初のデータを出した時などは、飛び上って喜び、大興奮で奥さんに電話するやいなや、朗報をアーロンに伝えに部屋を飛び出して行き、しばらくは帰ってこなかった。あとで聞けば、同じフロアの友人達を訪ね、「小さなメチル基一個が、いかに大きな仕事をするかを告げて廻ってきた」のだそうだ。確かに、これは驚きだった。この夜は、ジェリーのアパートへ集まり、奥さんの手料理にビールで、Exciting Dataを皆で祝った。そして彼の論文は、たちまちのうちにPNAS誌へ発表が決まった34。同じ研究室で、ジェリーの向いで実験するインド人ポスドクのクリシュナンも、当時よく使われたウサギ網状赤血球抽出液のタンパク合成系で、先に述べた(2)の方法によりm7Gを外したmRNAを作り、完全なm7GpppN構造がタンパク合成に必要であることを示すデータを得て、Nature誌への論文をものにしてしまった33。「研究者として、一生のうちに一度は発表したい」と思う有名な科学雑誌へ、気軽に論文発表ができるほどに、mRNAキャップ発見のインパクトは大きく、またタンパク合成の問題は、当時、多くの読者が興味を持つ魅力的な問題であったから、雑誌社の方でも、研究分野を牽引する良い論文を求めていた。

アーロンの勇み足

こんな具合に、キャップがタンパク合成に必要であり、mRNAの翻訳(Translation)に重要であることがわかり、Shatkin研究室は大いに盛り上がっていた。この時期、全米のラボから実験条件などを尋ねる電話が多かったから、他の実験室でも同様にタンパク合成におけるキャップの重要性を確認していたことであろう。発表論文について言えば、1975~1976の2年間だけで30報ほどもあったろうか。そんな中、否定的なデータを出していた人がいた。なんと、我らが大将アーロンShatkinである。彼は、――のちに、数々の素晴らしい成果が彼の研究室から出てきて、“キャップの元締め”として名を馳せ、大統領メダルで表彰され、アカデミーの会員にも推薦されるのであるが、――皮肉なことに、タンパク合成に関しては、誰よりも先に(1974年)、間違った結論の論文を、PNAS誌へ、しかも単独名で、発表してしまっていたのである30。まったく、なんということだろう!

間違いは、「mRNAのメチル化(つまりキャップ)はタンパク合成に効果はなかった」という結論である。そしてそれから数か月後、筆者が彼の研究室に加わってからは、この結論とは反対の論文、“メチル化が無ければタンパク合成は始まらない”Methylation-dependent translation of viral messenger RNAs in vitro34)をタイトルとする論文を皮切りに、ポスドク達や共同研究者の研究成果の発表が続くのであるが、その数は2年間で少なくとも10報はあったろうか。なにしろ、1~2か月に1報の猛スピードで、著名な雑誌に、異なるタンパク合成系ごとに発表していたから、彼が発表した最初の間違いについて、「とやかく」いう人は出なかったようである。我々も、それぞれの実験結果に自信があるので、アーロンの勇み足に気を留めて遠慮するようなことは全くなかった。

この当時、Shatkinグループはまるで「無人の野を行く」が如く、論文は書いて送れば、文句なく採択されるという状況であった。アーロンがとやかく指示を出す必要もなかった。皆がデータや論文のドラフトを持って彼のオフィスへ行き、論文の作成と添削を頼むのである。アーロンは、時折実験室へ来て、筆頭著者と論文の校正をやるのである。私はというと、実験指導などで、やたら忙しかった。年長でもあり、渡米後一年未満にして、研究室の番頭さん役を果たすようになっていた。そんな喧騒のなかで、ーーとかく忘れがちになるのだがーー、ジェリーの言うように、mRNAの5′末端のたった一個の小さなメチル基(分子量15)が、巨大なmRNAの活性を支配しているということは驚嘆すべきことであり、分子生物学の醍醐味が味わえる発見だった。そして、同様の、タンパク合成におけるキャップの役割は、あちこちの研究室でも観察され、そんなニュースが続々と聞こえてきていた。

葬られたPNAS論文

アーロンの勇み足は、結果として、間違った考えを最初に発表しておいて、その後ーー先の論文を希釈して、打ち消すかのようにーー正しい結論の論文を多発するという結果になってしまった。このため、迷惑をこうむった人がいたかも知れない。また、このことのために、アーロンは一人で悩んだことであろうと思うが、反省の弁を彼から聞くことはなかったし、誤りを訂正したということも聞いてはいない。ただ、その後の論文や、彼の書いたレビュウには、このShatkin/1974/PNAS論文30は、一切引用されることはなかった。いわば、論文は、論文の洪水の中で、闇に葬られたのである。いや、このエッセイで取り上げているから、一瞬の命を得たのかもしれない。生物学の実験であるから、ーーまた、特に新規分野の幕開けの時には、誤りを犯すこともがないとは言えないのでーーそのような、アドレナリンが多く出る時にこそ、慎重でなくてはなるまい。

アーロンの勇み足には、いくつかの裏事情が読める。第一に、研究の先陣争いに、慌てていたのであろう。筆者が彼の研究室に着任する7月までに、日本で発見された蚕のウイルスRNAのメチレーション現象を、レオウイルスで確認しておきたかったようである。そして、レオウイルスのmRNAの5′末端のGは2′-O-メチル化されているというデータを確認して、その論文は5月末にPNAS誌へ受理されている。PNASへの論文としては異例の短い、4ページの論文である。この論文のスポンサーになったのは研究所長のSydney Udenfriendであった。Udenfriend所長は、コラーゲン生合成の研究者で、若くして米国アカデミーの会員になった偉大な科学者であり、豪快な気性の人であり(私は好きだったが)、ウイルスとかRNAのことは全く理解しない人だった。つまり、彼はアーロンの論文を丸飲みに信じて、データの再現性や実験エラーの可能性などについて詮索しないで、「自分の研究所から、世間で注目される画期的な論文が出ること」の宣伝的な効果を、重要視したのであろう。こんなことは、いつの時代にも起こりうることであるが、「他山の石」として胸に留めおきたい。

キャッピング反応メカニズムの解明

周囲の多くがタンパク合成の実験に夢中になっているとき、筆者は、キャップ構造がmRNA合成の最中にどのような反応で、あるいはどのようなプロセスを経て作られるのかを調べる研究を始めていた。キャップ構造の発見者として、生合成経路を明らかにしておかねばならないとう義務感のようなものを感じていたのである。日本での蚕CPVの経験から、キャッピングがmRNA合成の初期に起こることは判っていたので、研究は順調に進んだ。しかし、NIHのMoss博士のグループがワクシニアウイルス粒子からキャッピング酵素やメチル化酵素を可溶化して精製している噂が聞こえてきたので、ーー急がなければならなかった。おまけに、「Shatkinの研究室に、日本からFuruichiが加わったので急がなければならない」と、大将のバーニーMossが研究員に発破をかけているというニュースも聞こえてきて、私は気が気ではなかった。当然、競争心に火がついた。日本でも、三浦先生や下遠野さんがCPVでメカニズムを探索する研究をやっていることが判っていたので、バッティングしないように、レオウイルスを材料にしてメカニズム研究を行った。私は酵素の精製が得意ではないので、バーニーMossのグループと違うやり方で、精製ウイルス粒子を丸ごと使った実験系を組み立てて実験を行った。

その結果、レオウイルスは図1に示す一連の反応によってm7GpppGmpC---を作ることが判り、J.Biol.Chem誌へ発表した13。5段階よりなるこの反応は、レオウイルスを使って解明したのであったが、実は後に、細胞のメッセンジャーRNA(あるいはhnRNA)が作られる時の反応と全く同じであることがわかり、そのこともあって広く認められ、今では教科書に載っている。


図1 キャップ生合成メカニズム

この論文では、キャップ生合成に関わる酵素に名前を付けた。すなわち、pppGpC- からγ位のリン酸を外す酵素をNucleotide phosphohydrolase と名付け、GTPのpGをppGpCへかぶせる酵素をGuanylyl transferaseと名付け、SAMを基質にしてGpppGpCメチル化する酵素2種類を7-methyl-G-methyl transferase, 2′-O-methyl transferase と名付けた。「こんな名前でいいのかな」と、しばらく心配だったが、問題はなかった。このキャッピングメカニズムは、その後、細胞のmRNAのキャッピングにもあてはまり、しかもCPVやレオウイルスの場合と同様に、転写の初期段階で起こることが判った。実際、細胞の核の中でhnRNAを作るRNAポリメラーゼII(Pol II)は、多くのタンパク質よりなり、ウイルス粒子にも匹敵する巨大な複合体からなっていて、キャップを作る酵素はその中に含まれていることが後にわかった。

“Post-transcriptional” or “Pre-transcriptional” ?

一方、NIHのMossのグループも良い仕事をした。彼らがワクシニアウイルスから精製したキャッピング酵素は、RNAの5′-末端に2個のリン酸さえあれば、そのppN―――へGMPをかぶせてGpppN――とすることができ、メチル化酵素はそれをメチル化してm7GpppNm―――とすることが出来たので、その後、酵素は市販され、広く世界中のラボで使われている。「mRNAが作られる時、キャップは何時入るのか?」という議論は、この後、長く続くのであるが、Mossのグループは、単離した酵素の性質から勘案してPost-transcriptional cappingを提唱し、私は、CPVの転写がSAM添加で始まることから、また、レオウイルスではキャッピング酵素がRNAポリメラーゼと複合体を作って転写の初期からキャップを作ることから単名でPre-transcriptional cappingを提唱した36。この論争はどちらも正しいことで収まっているーーーキャッピング酵素は可溶化すれば、Mossグループの言うように「転写後でもキャップを入れる能力を持つ」が、キャッピング酵素が転写複合体の中にいる限りは「RNAポリメラーゼと一緒に働き、転写の初めにキャップを作る」ということである。

末端構造を変えた3種類のmRNAの作成と伝説のオチョア先生

キャップはどのようにして出来るかの問題を解決して、論文をJ.Biol.Chemへ送り出してから、生合成経路中に生じるピロ燐酸(PPi:図1で赤で記す)の濃度をコントロールし、さらに、メチル化剤SAMとメチル化阻害剤SAHをうまく組み合わせれば、同じレオウイルスmRNAの配列を持ちながら、5′末端はppGpC――,GpppGpC――,m7GpppGmpC――の、異なる3種類のウイルスmRNAを作れる良い方法を思いついた。

早速、レオウイルスのmRNA合成系へ、PPiを外から2 mM程度加えてやると、予想どおり、ppGpC--mRNAが出来、代わりにPPiを分解する酵素ピロフォスファターゼとSAHを入れるとGpppGpC--mRNAができ、そして、ピロフォスファターゼとSAMを入れると天然型m7GpppGmpC--mRNAが効率よくできることを見出した。この結果を、ニューヨーク大から移ってこられたオチョア先生(Severo Ochoa; 1959年RNA生合成でノーベル化学賞受賞、図2)へお見せして、PNAS誌への推薦をお願いした25。オチョア先生は、筆者の恩師の一人である上代淑人先生(東大医科研)が米国へ留学された時の師匠であり、私は孫弟子だ。そんなことで親近感があるので、オチョア先生へキャップのことなど力を入れて話しているうちに、オチョア先生もキャップに興味を持ってくださったーー、そして、それがきっかけで、後日、オチョア先生のポスドクの一人、有能なポーランド人のWitold Fillipowickz(現スイスFriedrich Miescher Institute)とキャップ結合タンパクに関して共同研究をすることになる。


図2 オチョア先生(来日の折、上野公園にて)

そのころ、テキサス州ヒューストンにあるMDアンダーソン病院・研究所へセミナーに行った帰りに、セントルイスにあるワシントン大へRobert Roeder博士(以後ボブRoeder、図3)を訪ねた。ワシントン大は、以前、ジムDarnellの研究室があった大学だったから、ジムの紹介でボブの研究室を見せてもらったのかもしれない。ボブは当時准教授であったが、転写因子の研究で優れた論文を発表していたので、どんな人なのか会いたいと思ったのである。彼は親切に、丸一日かけて仕事の話や研究室を案内してくれたが、筆者が強い興味を惹かれたのは彼が飼っていたアフリカツメガエルと卵母細胞を使うタンパク合成システムであった。マイクロインジェクションで、卵母細胞へmRNAを注入できるので、生体に近い環境でmRNAの性質を調べることが出来ると思われた。ボブは、しばらくして、ロックフェラー大学へ教授として招かれ、筆者とは、現在に至るまでも、仲の良い友人関係が続いている。


図3 Robert Roeder 博士(来日の折、鎌倉にて、2000年頃か)

一個のメチル基で2度美味しい:mRNAの安定化とタンパク合成促進

さて、そのボブRoederに勧められて、カエルを飼うことにした。テクニシャンのアルバLafiandraにカエル飼育の一切を頼み、卵母細胞へ、放射性リン酸32Pで標識した「5′-末端構造が異なる3種類のmRNA」を注入して、細胞内のmRNAの様子をグリセロール密度勾配超遠心分離法によって調べた。これは実にエレガントな実験であり、筆者の数ある実験例の中でも、最もすっきりした結論がでた実験である。図4にその結果をまとめて示す。


図4 キャップによる、mRNAの安定化とタンパク合成の促進

この実験で、m7Gを持つm7GpppGmpC--RNA は、ツメガエルの卵母細胞の中でGpppGpC--RNAやppGpC--RNAに比べて最も安定であることが分かった。一方、ppGpC--RNAはたちまちにして分解されてしまう。つまり、キャップはmRNAを卵母細胞中の5′ -> 3′エキソヌクレアーゼによる分解から守っていることが判ったのである。これまで、そのようなエキソヌクレアーゼの存在について発表した例はなかったので、これは、キャップに関する大きな新知見だった。同時に、この実験でm7GpppGmpC--RNAはリボソームと結合してポリソーム画分へ入り、タンパク合成に使われる様子がいきいきと超遠心の沈降速度から読み取れた。一方、GpppGpC--RNAはリボソームとは全く結合できない。そのうえに、GpppGpC--RNAは不安定である。メチル化されていないためにピロリン酸分解を受けてGTP + ppGpC--RNAに変換されるからであろうと想像できた。これらの実験から、キャップ中のm7GpがmRNAを5′ -> 3′エキソヌクレアーゼから守り安定化することが判った。この作用はGpでは代替できないのである。つまり、「小さな一個のメチル基がmRNAを守り、m7Gpにプラス電荷を与えて安定化し、それに加えて、mRNAをタンパク合成に役立つ構造に変えている」ということが判った。これらの結論を含む論文はNature誌のArticleに採択され「一生に一度でいいから、Nature Articleに論文を書きたい」と思っていたーーかねてからの希望がーー、ようやくかなえられることになった37。そんなことで、ボブRoederには感謝している。

mRNA中のキャップ役割について、とかくタンパク合成での役割を挙げる向きが多いが、筆者はmRNA安定化の方が生物学的な意義が多いのではないかと思っている。有核細胞がキャップという構造体を進化の過程で獲得してから、mRNAの寿命が格段に(数日間にも)伸び、バクテリアのmRNAの寿命(数十秒)をはるかに超えることにより、多くの量のタンパク質が、効率よく作ることができるようになった。そしてそのことが、有核細胞系の大きな進展に繋がったのではないか想定している。

有名になった遺伝研、RNaseT1P1ヌクレアーゼ

静岡県三島市にある国立遺伝学研究所(遺伝研)は「三島の誇り」である。1949年に設立されているので、創立25年を経たころに、ここから、世界に先駆けて、高等生物のmRNAがメチル化されていることや、のちに、生物学の教科書にも載るようになったキャップ構造が発見されたことになる。そして、ここがキャップの故郷でもある。第1話で述べたように、キャップの故郷はもう一つある。それは米国NJ州のNutleyという町にあったロシュ分子生物学研究所であるが、残念なことに研究所は30年間の輝かしい研究歴史の末に、1996年に閉鎖されてしまった。したがって、現在、キャップ発見の地は、遺伝研だけになってしまった。遺伝研は、キャップ発見に遡る10年ほど前に、木村資生・太田朋子両先生が有名な「遺伝子分子進化の中立説」を発表していて、集団遺伝学の分野でよく論文にサイトされる研究所であったが、これに加え、1973年からは、RNAのメチル化やキャッピングで、分子生物学の分野でもよくサイトされるようになり、「NIG in Japan」といっても理解される、世界にポピュラーな研究所になった。

この時期のRNA研究になくてはならなかったRNase T1やP1ヌクレアーゼは、日本の科学の産物である。特にP1ヌクレアーゼは、ヤマサ醤油(株)の研究所長だった国中明博士がPenicilium菌から抽出したヌクレアーゼで、その強力な酵素活性と高い精製度に信頼が集まり、キャップ発見に大きく貢献することになった。三浦先生も下遠野邦忠さんも、そして老生も、キャップに関するほとんどの論文に、このP1ヌクレアーゼを使ったので、急激に世界的に有名になった。実際のところ、国中先生の発見になるP1ヌクレアーゼがなかったら、日本からキャップの発見は出なかったであろう。

しかしながら、この当時(1975年ごろ)は、P1ヌクレアーゼは試薬会社を介して売られてなかったので、米国では、Shatkin研究室へ、ひっきりなしに電話がかかってきた。「どこへ、どうやって注文すればよいのか、価格は?」の質問である。筆者は、国中先生と相談の上、海外からの注文は、ヤマサ醤油(株)の東京支社で取り扱ってもらうことにした。そして、研究室の壁には、注文先の質問に答えるべく住所を大きくローマ字で書いて張り出しておいた:住所は、東京都中央区日本橋蛎殻町である。これを英語で読み上げて、電話の向こうの相手に伝えるのは大変である。特に最後の蛎殻町、――KAKIGARACHO――の発音が難しかった。オーストラリア人のジェリーBothが電話をとることが多かったが、彼は、Aをアイに聞こえるオーストラリア特有のアクセントで話すので、彼が蛎殻町のスペルを読み上げると、書体は、KIKIGIRICHOになるのである。繰り返し、繰り返し、注文客のためにスペルを正していたジェリーの思い出は、いまに至っても笑ってしまう愉快な思い出である。外国で、我が国の製品を求めてくる客に対応する喜びというのは、得難い経験である。

 

(了)

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