この度は海外での研究経験をシェアする機会をいただきRNA学会編集委員の甲斐田先生を初め、学会員の皆様に感謝いたします。甲斐田先生とは2012年ごろ東北大学で発表を拝聴させていただく機会があり、それ以来のお話しで嬉しいかぎりです。RNA学会には学部4年生の2008年に京都のRNAフロンティアミーティングに参加させていただいてから、年会と若手の会に学生中は毎年参加してきました。直近では2021年の山形のオンラインミーティングで口頭発表をさせていただきました。留学後も学会の先生方には声をかけていただく機会がたくさんありとても感謝しております。
さて、簡単に自己紹介させていただくと、私は2014年に稲田研究室 (名古屋大学->東北大学->現東京大学) でPhDを取得したのち、University of California IrvineのDr. Susanne Rafelskiのもとで3年間、SusanneがAllen Institute for Cell ScienceのDirectorに異動してからはUniversity of California San DiegoのDr. Brian Zidのもとで4年間ポスドクをしました。その後、2021年9月から清華大学の深圳キャンパスである清華大学国際研究生院でassistant professorとして研究室の運営をしています。 Susanneのラボではイメージングの技術とイメージ解析の技術を、Brianのラボでは細胞の現象がどのようにその機能や活動に影響を与えるのかを広く研究してきました 。その結果、ミトコンドリアの体積と翻訳のスピードがmRNAの局在、ひいては翻訳の効率を制御するということを明らかにしました (写真1、Tsuboi* et al., 2020)。現在は、(1) ミトコンドリアの形態が細胞や細胞内の一分子に与える影響、(2) ミトコンドリア外膜状の翻訳制御機構、(3)ミトコンドリアを利用したアンチ老化 (アンチエイジング) 薬の研究に注力しています。ポスドク、学生 (有給) とも常時募集していますので興味をもたれた方は是非ご連絡下さい。今はExtreme Fast Spinning disc confocalを設置中で良い研究環境を提供できるのではないかと思います。連絡先は
写真1. ミトコンドリアとmRNAの顕微鏡Z-stack画像。再構築画像中の黄色のドットがsingle molecule mRNA。Tsuboi et al., Elife, 9:e57814, 2020より引用。
アメリカ留学のあれこれ
Susanneのラボはミトコンドリアの形態が生物に与える影響をBiophysics、Cell biologyで明らかにするという視点のもと、2012年にスタートしました。ミトコンドリアは エネルギーの通貨であるATPを細胞の呼吸を通して産出します。ミトコンドリアの形態が細胞老化やガンの進行と関係があることがわかっている一方で、なぜミトコンドリアの形態が大事なのかということが今でも大きなquestionとなっています。私は稲田先生の指導のもと、比較的早くに博士卒業要件に足る論文を発表することができました。そのため博士2年の12月にはSusanneのラボにアポイントメントをとって、博士3年時にはいろいろなFellowshipにアプライしました。酵母をモデル生物として用いた基礎研究を続けたかったので、5年分のNature、Cell、Scienceの論文の中から当時私が一番面白そうだと感じた研究の筆頭著者であったSusanneのラボにのみ連絡を取りました。日本で同じような研究をしているところがないということもラボ選択の理由の一つでした。私が所属した頃には4人のポスドクと3人のPhDの学生がおり、UCIでは比較的大きなグループだったと思います。Fellowship持ちであったことで自由に研究させてもらいましたが、それはポジティブにもネガティブにも働きました。ポジティブには自分の研究としてポスドク後も自分の研究テーマを自由に持ち歩くことができたこと、ネガティブにはSusanneのオリジナルのテーマはassignされなかったのでこの分野に慣れるまで時間がかかったことです。ただこれはアメリカの研究室では当然のことで、SusanneもBrianも自由に研究できるポスドクの期間に自分の研究を立ち上げていました。次の世代を育てるという上では理にかなっていると感じています。博士課程の頃から続けて出芽酵母を用いた研究でしたが、学生時はBiochemistryのラボで、細胞間のばらつきを気にする必要のないmassでの解析でした。しかし、Cell biologyのラボに変わったことで、一細胞レベルでの解析を考える必要があり、テクニカルにも考え方的にも大きな挑戦となりました。SusanneとMatheusに助けてもらい、より良いmRNAのsingle molecule visualizationとmRNA-ミトコンドリアの関係性を同定するmethodologyの開発を行いました。
UCSDのBrianのラボへは2015年のAmerican Society of Cell Biologyがきっかけになりました。Susanneの異動が決まってすぐの学会で、当時のテーマを続けさせてもらえる、また、Irvineにある顕微鏡へ通えるところという条件で研究室を探していたところ、運良くBrianから来ても良いと言ってもらえました。2014年にスタートしたBrianのラボはRNA-seqに強みを持つラボで、酵母を使って翻訳に近い分野の研究を進めるという方針を持ったラボでした。Brianとの研究を通して、SusanneのラボでのmRNAとミトコンドリアの関係性の結果に生理学的な意義、"条件によって翻訳が上昇するのはミトコンドリア上に翻訳活性の機構があり、mRNAの局在がミトコンドリアの大きさによって変化することによる"、ということを明らかにすることができました。UCSDではたくさんのundergraduateの面倒をみる機会がありました。アメリカでもコロナの感染拡大の下、なかなかラボに行くことができなかったのですが、その期間にはundergraduatesとRNAの三次元構造の数理モデルを立てました。最近のsingle molecule FISHのデータからは翻訳中のmRNAは”closed loop structure”をとっていないことが示唆されており、mRNAがpolymerと同様の挙動を示すことができたのではないかと考えています。
mRNAのsingle moleculeの観察は Albert Einstein College of MedicineのDr. Robert Singerのラボで確認の実験をさせてもらいました。当時はBin がnascent peptide visualizationの論文の校正をしており、とても刺激的でした。直接FISHを教えてもらっていたEvelina に加え、当時のメンバーには短い時間ですが、とても良くしていただきました。
アーバイン、サンディエゴとどちらも南カリフォルニアにある都市で、ロサンゼルスも含めると日本人は100万人いると言われています。そのため、日本食レストラン (定食屋さん) だったり日本式スーパーに恵まれてほとんど日本と同じように生活していました。日本人が全体として多いと研究者としての日本人も多く、生物に限らず、航空、宇宙、化学、地球と様々な分野の研究者と交流を深めることができました。特に思い出に残っているのは友人の中山君の働いていたNASA の施設であるJPL (Jet Propulsion Laboratory) を訪れた時です。火星の探査機の運転は今もJPLから行われており、また、アポロを打ち上げた時の管制局である”Center of Galaxy “を見ることができました。また、アーバインはBaseballのAngelsの本拠地に近く、大谷選手の活躍を間近で見ることができたのも良い思い出です。海岸線も大学から近く、日本人の研究者仲間で朝にサーフィンをしてから研究室に向かうという人もいました。最近のカリフォルニア事情として火事があると思うのですが、家の500m先まで火が迫って友人宅に避難することがありました。火元は近くの変電所だったのですが、16万人近くに避難指示の出る大火事になりました。
現在の研究グループとJob huntingについて
本原稿は研究室を始めてから2か月ごろに執筆したものですが、中国では学生に恵まれ、1か月目から実験を開始することができています。Master studentのJingyiとYunewei、Research assistantのAli、Yifei、Xingの6人体制です (https://www.tsuboilab.com/members)。毎年学生が入るため、5年後には12人ぐらいになる予定です。希望の顕微鏡もスタートアップのグラントにより準備できそうで一安心しています。Teachingの義務もあり、来年度から年間64時間教えなければならないのですが、どのような授業をしても良く、どのような講義ができるのか今から楽しみに準備しています。大学のシステムに講義を審査するシステムがあり、一年目は他の先生の授業に参加したり、他の先生との共同の授業を行うことで授業のレベルアップをはかることが求められており、大学の授業に対する熱意を感じました。共同研究や機器の共通利用が深圳市内で進められており、北京大学深圳、深圳湾研究所、SUSTechなどと共同研究を進めています。深圳の夏は暑いですが、10月から5月はとても過ごしやすく、一年を通して半袖で暮らせるのではないかと思っています。また、深圳政府からの企業に対するサポートが大きく、多くの教授が自分の会社を持っています。
Job huntingでは特に中国の大学から多く声を掛けてもらえることが多く、8か所ぐらいでメインのインタビューまで呼んでいただき、 4か所からオファーをもらいました。中国はクライオ電顕の研究が盛んで共同研究や施設も充実しています。一方で、光学顕微鏡を用いた研究はまだまだ人が足りておらず、そのような流れの中でリクルートしてもらえたのではないかと思っています。
これまでの一連の海外での研究では細胞内の一分子がどのようにその細胞の形態によって制御されるのかについて解析してきました。昨今のCell Biologyではlattice light sheet microscopeやexpansion microscopeを用いたsuper resolutionの情報が得られるようになってきています。また、SusanneのAllen Instituteや、Googleによって、人工知能を用いることでbright field のイメージから各オルガネラの位置を再構築することができるようになっています。また、専門ではありませんが、タンパク質の構造も人工知能を用いたAlphaFoldにより効率よく予測することができるようになりつつあるようです。私の視点からは、そのような情報を利用することで近い将来、細胞の全再構築が実現するのではないかと期待しています。このような大きな流れの中で 一分子が細胞内でどのような挙動を示すのか実際に可視化することにより、細胞内の現象がどのように制御されているのかを、私は明らかしていきたいと考えています。
筆不精であまり上手な報告になっておらず恐縮ですが、参考になりましたら幸いです。わからない、興味のあることがありましたら、学会だけでなく、メールなどでも話しかけていただけると嬉しいです。研究室とアメリカ、中国での生活が想像できるような写真をいくつか含めました (写真2-7)。今後とも坪井、坪井研究グループをどうぞよろしくお願い致します。
写真2. 教師の日 2021年9月10日学生と
写真3. 同僚のオフィスから清華大学国際研究生院
写真4. Zid lab 集合写真 before I leave and after the release from the Covid restrictions (2021.6)
写真5. Rafelski lab 集合写真 The Rafelski lab’s 2nd birthday (2014)
写真6. アメリカの研究室は多くのところでdog friendly :) (Zid lab)
写真7. 愛犬Bonoboと愛車Mustang 2004