渡辺公綱先生を偲ぶ

富田 耕造

 昨年の10月16日、日曜日の朝、起きてリビングにおりていくと「渡辺公綱先生が亡くなったよ。。」と野乃から伝えられました。その3日前の夕方6時頃に、鈴木勉さんから研究室に電話にて、渡辺先生の体調がよくないことを伝え聞き、そのまま鈴木勉さんと都内で待ち合わせて入院先の都内の病院へお見舞いに向かいました。

 昨年4月7日に渡辺先生からメールをいただきました。4月に私が12年間勤めたつくばの研究所での職を辞して大学へ異動したことの挨拶状への返信でした。(実際には、私の方が異動したばかりでメールアドレスが確定していなかったこともあり、野乃の方に返信があったのですが)。

 渡辺先生から「私も多少貴方がたの学生時代に関わったものとして鼻が高いです。」とのもったいないお言葉をいただきました。私のほうは、職場を異動して研究室の引越し、セットアップなどでドタバタしており、少しおちついた後、直接お礼の挨拶をしようと考えていましたが……

 常時30人程の学生が在籍する研究室を長年にわたり主宰、運営し続けてきた渡辺先生の気苦労も大きかったのではと、いまになって思います。学生にはあまりそのようなそぶりは全く見せず(見せないようにしていた)、同時に、細やかな配慮をしてくださっていたと実感いたしております。少し、はにかんだようにお話をなさる渡辺先生の姿が印象的でした。

 大学、研究所、企業等で活躍している渡辺研究室出身者の数が大変多いことに驚かされます。これも、渡辺先生のご指導の賜物だと、年月が経ったいまになって実感されてきます。特に、私にとっては、国内外の学会等で数多くの渡辺研関係者と話ができることは、大変心強くもあり、安心するもの——comfortable——であると感じており、大変感謝しております。

 渡辺先生が亡くられる1月ほど前の9月初旬に開催された国際学会でも、数多くの渡辺研出身者と共に過ごす機会がありましたが、学会のScientificな面とは別に、同窓会のような雰囲気は大変楽しい——comfortable——ものでした。その際には、自然と渡辺先生は最近どうしてるのか? などの話もでてきました。

 これは、例えると、自分にはたくさんの兄弟(姉妹)がいて、たまにみんなで集まって忌憚なく楽しくおしゃべりをすることと同じようなものでしょうか。このような場が自然と、毎年、得られることは大きな宝だと実感します。

 私たちを忍耐づよく教育、指導してくださった渡辺先生が亡くられたのは、たいへん寂しい気がします。

 改めて、多くの先輩、同僚、後輩を教育、指導し、輩出してくださった渡辺先生に感謝すると同時に、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

富田 耕造

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