渡辺公綱先生の思い出(東京薬科大学客員教授時代を中心に)

横堀 伸一(東京薬科大学生命科学部)

 2016年10月16日の早朝、渡辺公綱先生が逝去された。その報に接する2週間ほど前に、東京大学農学生命科学研究科の浅川修一さんとともに病床の渡辺先生とお話しする機会があった。その際に、渡辺先生から今後のご自身の研究について前向きなお言葉を伺い、一度は安堵し、先生のご回復を祈っていた身として、残念でならない。

 RNA研究、特に翻訳系の中でのtRNA研究のパイオニアとして分野を先導すると共に、数多くの後進を育てられてきた渡辺先生のご業績は多くの方が触れられると思われる。そこで、私は、この数年間の東京薬科大学における渡辺先生の印象を中心に本稿を進めたいと思う。

 私が渡辺先生と初めてお会いしたのは1988年の夏、私が東京工業大学大学院(総理工学研究科生命化学専攻)の修士課程受験での希望研究室受入れのお願いのためだった。幸いにも大学院にも何とか合格し、渡辺先生の研究室に配属された。そこから数えれば、30年近くが過ぎた事になる。

 渡辺先生の元で始めたミトコンドリアゲノムや遺伝暗号などの研究を私自身が大学院修了後も続けてきたこともあり、私どもの研究室(細胞機能学研究室。現極限環境生物学研究室)の山岸明彦教授のご厚意の元、2010年4月より渡辺先生を東京薬科大学生命科学部に客員教授という形でお迎えした。ご自身で実験をされたいと言うことで、狭いながらも先生専用の実験スペースとデスクを私どもの研究室内に確保した。研究室の構造上、実験スペースもデスクも私自身のものの隣りで、卒業研究生や大学院生の実験スペースやデスクもある実験室内に席を置かれるというのは、察するに初めてのことではなかったかと思われる。月曜日から金曜日まで、片道1時間以上の時間をかけて研究室に通われ、嬉々として実験をされる姿や、東京薬科大学自慢の植物園に散歩に行かれたりする姿は、私にとってもそれまでなかなか見ることができることは無かったように思う。渡辺先生の出席率の方が、卒業研究生や大学院生の出席率よりも高いのでは、などと冗談めかして会話したことも、度々あった。私どもの研究室の前の教授である大島泰郎先生が、以前ことあるごとに渡辺先生のご体調を心配されていたが、渡辺先生が東京薬科大に来られてからは体調も良くなったようだと言っていただいた時には、私も安心した記憶がある。

 また、渡辺先生と私で生協のカフェテリアに昼食に向かうと言うのも、ほぼ毎日であった。その際には、私どもの研究室の山岸明彦教授や、私が指導する卒業研究生や大学院生も多くの場合、一緒であった。そのような昼食時には、研究というよりは、世相や日々の事々,特に就職活動、が話題となった。それまでの東京大学や東京工業大学とは異なる私立大学の研究室の雰囲気に、渡辺先生は面食らわれていたのであろう。時代の違いもあるものの、学生の気質の違い、学生に対するケアの違い、などについてある意味カルチャーショックを受けられたであろうことは、2010年の「生化学」11月号のアトモスフィアに寄稿された文章にも見受けられる。

 ところで、東京薬科大学における渡辺先生は、主として動物ミトコンドリアtRNAの解析と、そこから敷衍される遺伝暗号の初期進化に関する研究に携われた。そのために、様々な動物からtRNAを精製し、最終的にはミトコンドリアtRNAの修飾塩基を含むRNA配列を明らかにするという計画であった。その中で、動物サンプルの手配は私が行い、動物組織からtRNAを精製するという実験は渡辺先生ご自身が行う、と言う計画であった。ご自身で実験を行うと言う事は、東京工業大学や東京大学での教授をされていた時代、その後の産業技術総合研究所での時代にはできなかったことであり、それまでの重責から解放されたときに行いたかった事だったと思われる。一度は、1週間あまりの沖縄島(主として琉球大学の瀬底実験所(臨海実験所))へのサンゴの卵の採集旅行にも、渡辺先生に参加していただいた(写真1-2)。また、研究室のゼミで、ご自身の行っている研究を他の教員、学生に交じって度々報告していただいた(写真3)。このような経験は、渡辺先生にも稀な、少なくとも数十年ぶりの、経験ではなかったかと思う。

 東京薬科大学に通われる渡辺先生にとっての意義は「ご自身で実験をする」ということであった。このことは、何度もご自身から伺った。しかし、2013年の後半辺りより体調を崩されることが多くなり、ついにはご自身で実験を行わずに他の方に託す、と言う決断をされた。実際に渡辺先生が東京薬科大で実験を行われた期間は4年程でしかなかったことになる。そして、実験を止められる、とおっしゃった頃の渡辺先生の様子を思い出すと、渡辺先生は根っからの「実験」研究者だったのだと言う思いを強くする。必ずしも渡辺先生のご希望をすべてお聞きする事ができるような環境、状況を用意できたわけでは無い。しかし、そのような状況でも「実験」、言い換えれば「実証」にこだわる渡辺先生の研究に対する姿勢を改めて見せていただき、その重要さを改めて教えていただいた。

 渡辺先生の東京薬科大学時代、その期間はそれ程短かったのか、と今となっては思われる。多分、私が大学院生時代に渡辺先生と会話した密度に対して、大げさでは無く数100倍の密度でこの頃は会話をしていたのではないだろうか。そのような時間が、そう思わせるのかも知れない。

 まだまだ話題は尽きないが、お礼の言葉で本稿を終わらせたい。

 渡辺先生、長い間、ありがとうございました。

 

東京薬科大学生命科学部応用生命科学科極限環境生物学研究室 横堀伸一


写真1 2012年6月 琉球大学瀬底研究所にて(産卵されたサンゴの卵の回収作業をしているところ)


写真2 同上


写真3 2012年 東京薬科大学細胞機能学(現 極限環境生物学)研究室の研究室セミナーの風景

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