tRNAのお話

冨川 千恵(愛媛大学大学院・理工学研究科)

 松山城のお堀の周りを早朝にランニングしていると、眠っている白鳥の姿を見ることができます。「へー、白鳥ってこんな寝方をするんだ」人は、知っているようで知らないことがたくさんあるということに、改めて気づかされます。私が初めてRNA学会に参加したのは2007年、名古屋国際会議場「白鳥ホール」。今年の富山開催で、RNA学会10年目。まだまだRNAについて知らないことだらけです。申し遅れましたが、愛媛大学大学院・理工学研究科の冨川千恵と申します。以降、駄文が続きますが、お許しください。 


図1 2017年お盆 眠る白鳥の生息地 松山城お堀


図2 同期の豊岡くん、堀先生と(2007年 RNA学会(名古屋)にて)

■なぜtRNAなのか

 富山でのRNA学会初日、酩酊状態でホテルに向かいつつ、編集幹事の北畠真先生と「tRNAの発表が少ないですね」なんてお話ししていると、「tRNAルネサンス」で会報に記事を書いてはとのご提案がありました。酔っ払っていたため安請合いしてしまったのですが、ここからが困ったことの始まり。何を書いたら良いか分からず、というか若輩者の私なんぞが、1950年代から研究されている古典的RNA「tRNA」について何を語れましょう。ですので、私が記述できる範囲内の内容に収めさせて頂きます。 「tRNAルネサンス・・・」。「tRNAは、タンパク質合成の際、活性化アミノ酸を供給する」という以上の発見はないのではないか。tRNAの第一義的機能の大発見を前にしてしまうと、tRNAに関するどんな発見も太刀打ちできません。もちろん、あっと驚くようなtRNAに関する発見は存在します。私が初めてRNA学会に参加した年と同じ2007年、スウェーデンのウプサラで開催されたtRNA workshop(現在のtRNA conference)にも参加しました。ウプサラでの相馬亜希子先生のpermuted tRNAについての発表は衝撃的で、今ではこの内容の論文を、私が受け持った卒研生には読むように言っているほどです。Cyanidioschyzon merolae通称シゾンで発見されたpermuted tRNAは、ゲノム上ではtRNAの3'側と5'側の配列が逆転して配置されており、3'側からひと続きに転写されたのち、環状構造等のプロセシング過程を経て成熟tRNAとなります(文献1)。今よりもさらに未熟だった私は、この生き物の巧妙なシステムに大変驚かされました。修士2年の時に初めて参加したこの国際学会で、「tRNAおもしろい」と何となく思ったように思います。


図3 2007年ではなく2010年のtRNA workshop (Aveiro, Portugal) 
 左から堀先生、筆者、平田 章先生、相馬先生、木賀大介先生、伊藤拓宏先生

 なぜ、tRNAにこだわるのか。私の師匠の堀弘幸先生は、「渡邊(公綱)先生は罪深い。渡邊先生に出会ってなかったら、tRNA、もっというとtRNAのメチル化の研究をここまでやってない。」とおっしゃいます。その言葉の「渡邊先生」の部分を「堀先生」に変えて、そっくりそのまま返したくなるですが、そう言えるほど成熟したtRNA研究者ではないので言うのを控えています。「生きているとはどういうことか。この命題に対し、tRNA修飾酵素の研究をすることで、生命の分子進化を明らかにすることができる」なんていうことを堀先生に言われたことを思い出します。これがtRNAにこだわる原因かどうかは分かりませんが、何かしらひっかかりはあったように思います。

■地味なtRNA修飾

 tRNAを研究する上で、tRNA修飾は絶対に無視することはできません。他のRNA種と比較して、tRNAには格段に多く修飾が導入されています。好熱菌のように必要最低限レベルの遺伝子数しか持たない生き物でさえ、tRNA修飾酵素遺伝子が総遺伝子の約1%も存在します。翻訳に直接関係するアンチコドン付近にある華々しい修飾ならまだしも、なぜtRNAのvariable regionに修飾が導入されているのか。variable regionのm7Gは地味です。地味ですが、真正細菌、アーキア、真核生物に共通して存在し、少なくとも好熱菌Thermus thermophilusのtRNAには、高頻度でこの修飾が導入されています。m7G46メチル化酵素であるTrmBの遺伝子破壊株は、80℃で生育することができなくなります。これは、たった一つの修飾m7Gが、他の修飾酵素に影響を与え、tRNAの分解、さらにはタンパク質合成能が低下することに起因します。つまり、m7G46という地味な修飾は、T. thermophilustRNA修飾ネットワークのキーとなっていたのです(文献2)。

 1991年に、EdmondsらがアーキアのtRNAにもm7Gが存在すると報告していましたが(文献3)、その修飾位置は最近まで分かっていませんでした。Wintermeyer-Zachauのアニリン処理を利用したm7Gの検出法により(文献4)、Thermoplasma acidophilum class II tRNAにm7Gが存在することが分かり、修飾位置を同定しようと口野法を試しますがうまくいきません。2013年に、鈴木研・大平高之先生の質量分析技術により、ようやくtRNALeuのvariable regionの付け根にm7G49が存在することを突き止めることができました(文献5)。この位置のm7Gこそ何のために存在するのかさっぱり分かりません。何の役にもたっていないのかもしれませんが、想像もしないところで機能している可能性はゼロではありません。残念ながら未だに当該修飾酵素遺伝子は見つかっていません。


図4 2014年 T. acidophilumの生息地(箱根大涌谷)

■翻訳以外の機能を持つtRNA(?)

 tRNAは、翻訳で機能するだけでなく、ウイルスゲノム複製や挿入、ペプチド修飾、脂質修飾、ペプチドグリカン合成等、多岐に渡って機能しています。翻訳以外で機能しているtRNAといえば、昨年、韓国の済州島で開催されたtRNA conferenceでの富田耕造先生の発表が記憶に新しいです。Human tRNAHisの5'リン酸がメチル化されていて、乳がん細胞の腫瘍形成に5'-メチル化tRNAHis、(もしくはtRNAHis自身)が何かしら関与している可能性があるという報告でした(文献6)。tRNAのメチル化というだけで体が前のめりになってしまうのに、しかもメチル化部位が5'端とは! tRNAHisは、-1位にGがある特徴的なtRNAです。tRNAHisに限らず、それぞれのtRNA種に個性があるのがtRNAの魅力でもあります。余談になりますが、「(RNAの電気泳動の)移動度から、これ絶対tRNAHisだって思ったよ!」と、おっしゃる富田先生はtRNAマニアです。

----バクテリアのnon-canonical tRNA---- 

 リボソームによるタンパク質合成は、mRNAのコドンとtRNAのアンチコドンがマッチングし、かつこのtRNAに正しくアミノ酸が結合していなければなりません。しかし、このルールに反する例がいくつかあります。例えば、Bacillus cereusには、Trpのアンチコドンを持つtRNAOtherと名付けられたsmall RNAが存在しますが、このtRNAOther は、TrpRSではなくLysRSによってアミノアシル化されます。Lys-tRNAOtherは、EF-Tuと結合するものの翻訳には利用されていません(文献78)。翻訳に使われない代わり、細胞内の状況に応じて、様々な機能を担っているのではないかと示唆されています(文献9)。アミノアシル化されて、EF-Tuとも結合するのにタンパク質合成には使われない。なんとも変てこなRNAですが、tRNAの活動本拠地リボソームの外で何かしら役に立っているとなると、なんだかたくましくてかっこいいtRNA(?)に思えてきます。

最後に「タンポポ」のお話

 「タンポポ」という映画(1985年公開)をご存知でしょうか。愛媛県が誇る映画監督・伊丹十三氏のラーメンウエスタンとも言われる映画です。この作品、何度見たことでしょう。これを見ると、ラーメンもですが、必ずオムライスを食べたくなります。宮本信子さん演じるタンポポが、亡き夫の後を継いで、細々と営むラーメン屋さん。ウエスタンハットを被った山崎 努さん演じるゴローさんを始め、様々な人たちの力を借りることで、人気のラーメン屋「タンポポ」を作っていくというストーリーです(というのが主ですが、その他にもサブストリーがいくつも組み込まれています。)。最初は何がダメなのかが分からず、はっきり言ってまずいラーメンを出していたタンポポですが、スープ、麺、具、お店の内装、外装・・・各分野における専門家(マニア)の力を借り、もちろんタンポポ自身もラーメンを研究して、納得いくラーメン、ラーメン屋を目指します。それを総括する監督・プロデューサー(ゴローさん)がいて、お客さんがいる。「ラーメンを作る」=「映画を作る」であり、「ラーメン」=「映画」ではないかと個人的に解釈しています。研究も似たようなところがあるのではないでしょうか。少なくとも今の私の状況は同じで、ありがたいことに、私の不出来を助けて下さるマニアな先生方が周りにいます。私も「タンポポ」のように邁進し、いつか独り立ちしなくてはと奮起させてくれる映画です。


図5 2017年 RNA学会中に食べた、富山のオムライス


文 献

1. A. Soma et al. Permuted tRNA Genes Expressed via a Circular RNA Intermediate in Cyanidioschyzon merolae. Science 318 (2007) 450-453

2. C. Tomikawa et al. N7-Methylguanine at position 46 (m7G46) in tRNA from Thermus thermophilus is required for cell viability at high temperatures through a tRNA modification network. Nucleic Acids Res. 38 (2010) 942-957

3. C. G. Edomonds et al. Posttranscriptional modification of tRNA in thermophilic archaea (Archaebacteria). J. Bacteriol. 173 (1991) 3138-3148

4. W. Wintermeyer, and H. G. Zachau. A specific chemical chain scission of tRNA at 7-methylguanosine. FEBS Lett. 58 (1970) 58, 306-309

5. C. Tomikawa et al. Distinct tRNA modifications in the thermo-acidophilic archaeon, Thermoplasma acidophilum. FEBS Lett. 587 (2013) 3575-3580

6. A. Martinez et al. Human BCDIN3D monomethylates cytoplasmic histidine transfer RNA Nucleic Acids Res.45 (2017) 5423-5436

7. S. F. Ataide et al. Stationary-phase expression and aminoacylation of a transfer-RNA-like small RNA. EMBO Rep. (2005) 742–747

8. S. F. Ataide et al. The CCA anticodon specifies separate functions inside and outside translation in Bacillus cereus. RNA Biol. (2009)479–487

9. T. E. Rogers et al. A pseudo-tRNA modulates antibiotic resistance in Bacillus cereus. PLoS One (2012), e41248

 

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